主人公ってどんな奴か。



 改めて聞かれると、答えるのが難しいんだな。



 ま、話しやすいし必要以上に深入りしてこない、運動は出来るが勉強はからきし駄目。
 真面目だし、普通にすけべぇだ。
 何考えてんのかわかんない。
 付け加えるなら、ユーモアのセンスはいまいち。
 あと、優しいよ。

 まったく、おかしなヤツだろ?

 見た感じ普通なんだけど……何故か惹かれる。


 私、清川望はそうなのです。





詩織ちゃん! 外伝「清川望の場合」





1 どこか抜けてる変なヤツ。



 主人が怪我をした。

 タイミングが良かったのか悪かったのか、私が観戦に呼ばれた初めての試合、私の目の前での出来事ことだった。
 それも優勝を決める決勝戦の真っ最中……だったりして。
 なんて大馬鹿なやつだ。

「いや? 気にしてないよ」

 でも、あいつは笑っていた。
 単なる変節かもしれないが、それとも、もともと抜けていたのか。

 今なら、やっぱりあいつ抜けてんだなぁと言える。

 うん。




 そんなわけで、私がサッカーの試合を見に行ったのは一回きりだけだったけれども、主人の方はしょっちゅう水泳大会の応援に来てくれた。
 学校違うのに……、彼は随分と律儀な性格らしい。

 秋に中学最後の大会があって、その帰り道に主人が蕎麦を食べたいと言い出した。

 ちょうど定食屋があったのはラッキーだったかも。
 私は鴨せいろ、あいつは月見蕎麦を注文したんだ。


「好きな子がいるんだ」


 何の前触れもなく、ぽつりと呟いた主人。
 おかげで口に含んだばかりの水を吹き出しそうになった。
 朴念仁かと思っていた主人の口から、随分妙な言葉が飛び出したものだ。
 ご飯食べているだけなのに、何て事言うんだ。
 ……私のことだったらどうしよう……。

「詩織はとっても可愛い子なんだ。美人で学年で頭が良くて、……性格も良くて……、運動が出来て……えっと……とにかく凄い」
「なんですか? その完璧人間は」
「…………俺の、幼なじみ。いちおう、ね」
 そう言うと笑った。七味の入れ物を指で弄ぶ。
 それから、ちいさくくしゃみをした。

 なんと言ったら良いものか私も分からず、手持ちぶさたになってしまい、箸をくるくるいじいじ。とても気まずいような、しかし何か回答を求められているような気もするし……。
 返答に窮した私は仕方なしに主人の言葉を反芻する。
「幼なじみのシオリちゃん、ね」
「あれ、なんで、知ってるの?」
 私は呆れた。
「たった今、自分で言ったじゃん」
「ああ……そうか。俺って馬鹿だ」
 恋は人を盲目にさせるけれども、大馬鹿にもするのね……。

 だけどさー、私たちまだ中学生なのに、誰それが好きなんて。

 私なんか素敵な男の子に出会う機会もなければ、話すチャンスも無い。
 ちょっと、主人のこと興味あったんだけどな……。
 見事に打ち砕かれてしまったわけだ。

 ははは……、はぁ。

 やっぱり少し気まずくなった私は、ぞぞぞ、と蕎麦を啜る。
 店の女の子が蕎麦湯を持ってきてくれた。
 ぺこり、と頭を下げる私。おさんどん姿がやけに似合うその子は、髪を頭の両横で縛っている。可愛い子だ。
 ちらり、と主人を見やる……、興味がないようで勝手に食事を続けていた。
 ほっとした。

 女の子は主人の顔を見てぴたり。

 あいつの顔になにか付いているのか、困ったように思案する。
 おいおい……今度はなんだ。まだなにかあるのか……。
 注意が向いても、卵なんぞを潰している主人。
 私が肘で突っつくと、ようやく自分が見られていることを理解する。
「え、あ、俺?」
 割烹着姿の女の子は、思った通りに明るい声を出した。
「うん、君のこと」
「……なにか?」
「どっかで会ったことあるような気がするんだけど……」
「どうだろう、いや、気のせいっすよ、きっと」
「ん、ボクの……気のせいかなぁ」
 女の子はどうも腑に落ちない様子だ。
 主人の顔をまじまじと覗き込む。
 主人もよく考えたら全国区の選手なんだよなあ、と思う。
 そのつながりかしらん。

 こら、あまり近づくな。


 気になって学校の女友達に主人のことを聞いてみたら、サッカー部のマネージャーが知っていた。
 しかもファンらしい。マイナー人気ってやつだろうか……?
 私としては面白くない。

 ついでにどういうわけか小学生の弟が、「しおりちゃん」について知っていたのでびっくり。紹介してくれ、とまで言われたのである。

「お前に紹介して、どうすんだ?」
「いや、彼女にならないかなーって思った」
「へー、彼女に?」
「彼女」

「いててててててててっ!!!」
 末恐ろしいイロガキだ……。




 『しおりちゃん』という女の子に興味が出てきたのはそれからだった。
 一体、どんな子だろう。

 背は高いのかな? 肌は白いのかな? 髪は長いのか、短いのか……。
 眼鏡っ子だったりして。
 私と話は合うだろうか?
 大体、主人がおかしくなるのだ、よっぽど可愛いんだろうな。

 まるで私が恋をしたように、考えたのである。





2 ずんず〜ん、詩織ちゃん!



 言動と行動はどこか矛盾している。
 入部もしないサッカー部の練習を見るだけの毎日。
 放課後。
 毎日見ているだけ……。
 それを知っていたのは………私も見ていたから!

 えっへん。

 私も、大概に変な奴だな……。
 高校に入り、主人公を観察する、という日課が増えた。

 後になって気が付いたのだが。



 何も、それは私だけではなかったらしい。









 いつものようにぼ〜っとしてグラウンドを見ている主人の背中を軽く叩く。

「どわっ」

 軽く叩いたのに、前につんのめる主人……大げさな。

「元気しているかい、少年? 部活に入りたいならあたしが沙希に言ってやろうか」
 穴が空くほどサッカー部の練習を眺めていた主人は首を横に振った。

「無理だってば」
「へへっ、言ってみただけ」
「清川さん、たまに伊集院みたいなこと言う……」
「伊集院ね」
 私は少しだけ反応したが、黙っていた。
 直接話したことはないけれど、でもいつも一緒にいるのは分かる。


「公、……帰らないの?」

 柔らかく透き通ったアルトの声が聞こえた途端に、主人は固まった。

 背筋が、ぴーん、と延びて人形のような姿勢になったのだ。
 見たこと無い動きだ。
 何事だろうか?

「あれ、公、どうしたの……?」

 私は声の主をまじまじと見つめる。
 主人のすぐ後ろに立っていました。
 知ってる、この子。
 クラスの男子連中が、入学当初から騒いでいた。

「詩織、ちゃん」

 私の口から勝手に出た台詞に、彼女は振り返る。
 ビンゴ。
「はい?」
 不思議そうな面持ちだ。
「き、清川さんっっっ!」
 途端に手で口元を塞がれ、少し引きずられる。
 ずるずるずる、と。私は、モノじゃないんだが。

 藤崎さんは怪訝そうな表情で、私を見る。


「し、おり。いま、帰るの?」
 主人はまるでロボットのようにカッチンコッチンである。
 頭をぽりぽり掻くその手もぎこちない。

「…………うん、メグと一緒に美味しいピザ食べに行く約束してるの」
「あ〜、……そう。………楽しんできてね」
「…………」
 校庭の出口に立っている栗色の髪の女の子が、待ち人だろうか。
 いやしかし、詩織ちゃんって私が想像していたより、グレード高いんですケド。
 真昼の白い月のように、清潔感漂う清楚な表情。
 艶やかな長い髪、形の良い顎、長い睫毛、白い肌、出ているところは出ていて、ウエスト周りは私より……………ように見える。
 こら、可愛いわ……。
 いや、可愛いと言うより……キレイ。


「……………。あの、公」

「え?」

「…………なんでもない」

 ちらっ、と私の方を一瞥するのである。
 しかし、それも一瞬のことで、ぺこり、と頭を下げるととてとて歩いて行ってしまった。



 駄目じゃん。

 あんな子無理だってば。

 無謀にも程がある。
 とは言えずに、私は悶々と矛盾した感情を抑え込む毎日になるのである。
 ひょっとすると、私の方を向いてくれる可能性もあるんじゃあないかと……。









 私の予想を覆し。

 ふたりがくっついたのは、実にそれから八ヶ月もあとの話である。
 そんなわけで、主人はいまは幸せに過ごしている……のかな?

 後のことは知っての通り。



 で、結局私は今も独り身なのさ。




 どーいうことだ。







3 晴天の霹靂とかいうやつ




 一昨日の晩に公園で飲んだワインは、私を撃沈させた。
 おじさんがどんどん薦めるものだから、つい。

 いつの間にか家に帰っていた私は、次の日の日曜日、頭が痛くて起きあがれなかったのだ。
 主人と西はあれからどうしたんだろう……。
 気持ち悪いし、いっそのこと胃を切り取ってしまいたいぐらいに吐き気がした。
 うちの親は私のことには無頓着だから、練習疲れだと思い放ってある。
 なんて親だ……。
 仕方ないから、弟に薬を持ってきてもらう。

 ……、あまり変わらない、かも。

 う゛う゛ー気持ち悪いよー。





 藤崎さんが、月曜の朝、頼んでもいないのに迎えに来てくれた。
 にこにこ、にこにこしている。
 どうせ主人が何か吹き込んだのだろう。基本的に良い子であるのには間違いないらしい。
 先日の二日酔いがまだ抜けきっていないせいで、少々歩くのがつらいのである。

 対照的にこれまた隣を歩く、西要は元気はつらつであった。
 腹が立つほど元気である。

「で、公は? 一緒じゃないのか」

 先ほどから、キョロキョロと後ろを見たり、前を見たり、横を見たりと忙しい。
 ああそうか、こいつは東高だから知らないのか。
 主人は藤崎さんと一緒に登下校すると身の安全が保証されないので、滅多なことでは一緒に登校したり帰ったりしないのである。
 男の嫉妬ってやだねー。

 頭、いたい。



 藤崎さんは、ふと顎に白い指を当てると、はてな、という表情をした。

「そういえば、なんで西君がここにいるの? 東高、あっちだよ?」
 きらめき高校から大きくずれた方角を指さす。
「知りたい?」
「うん」

 そういえば、何でここにいるんだろう?


4 おぼえてないもん


 ぎゅむ

 まばたきひとつする間に、私の躰は奴の腕の中に収まったのである。
 おまけに、頭を撫でられた。


「な」


「な?」
「に、すん、だーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 △×#○☆〜!!!

 渾身の力を込めた右アッパーは、西の体を大きく宙に舞わせた。
 藤崎さんは目を見開いて驚く。


 赤くなった顎に手を当て、馬鹿はちょっと涙目である。

「うう……、痛い。この馬鹿ぢから娘……」
「このへんたいっ! 朝からセクハラとはいい度胸だ! そういうことは、恋人にしかやっちゃいけないんだぞ!!」
「だ、だって、彼女になるって、ゆった」
「な、な、ななな」

 なにをーっ!

 間違ってもそんなことを言った記憶はない。

 言ってない、言ってない、言ってない。

「清川さん、言ったの?」
「うん、望ちゃん、ゆった」

「言って、なぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!」


 西は吹っ飛んでお星様となり消えた。

 朝から不愉快!

 マル。





 ……、背中が痛い。
 藤崎さんが、じーっと見つめているのだ。
 両手で鞄を持ち、何かを探るように、私を見ている。
 なんていうこと!
 この子、私とあの馬鹿の仲を誤解しているに違いない。

「あ、あのねぇ」

 じーっ。

「あたし、覚えていないんだよ。ホント」

 でも、好きだから言ったの……。
 という目。

「あの……」

 照れくさくて喧嘩ばかりしているのかしら。
 という目。

 なぜ、赤くなる。

 ああああああ。

 困ったぞ。うん、困った。

 そして、私の視界にさらに困ったものが映った。
 目を細めてみる。
 間違いない、少し寝坊した主人だ。


 藤崎さんも目は抜群に良かった。
 途端に、間延びした口調で、
「わぁ、こ……」
「あわわっ」
 手を振ろうとしていた彼女を電信柱の陰に引き込むと、その口に手を当てた。
 まるで誘拐犯みたいだけど、構ってられない。

「むーっ」
「今あったこと、誰にも言わないでね?」
 私は、注意深く向こうを伺いながら言う。
「んむ?」
「その、主人にも」

 潤んだ瞳で私を見る藤崎さん。
 ちょっと考えた後、こくこく頷いた。

 気が付くと、周りを下級生の女の子達がきゃあきゃあ言いながら取り囲んでいたのである。

 こらー、違うぞーっ!



5 友達の意見は。


 白衣を着た紐緒は自作の白い電気ポットで、コーヒーを入れている。
 紐緒はよくコーヒーを飲む。
 実験をしながら、パソコンを扱いながら、あるいはレポートを読みながら。
 私は最初そんなに好きじゃなかったのだけど(人より胃にくるのだ)、毎日付き合っているうちに「くせ」になってしまったらしい。今では紐緒に誘われないとなんとなく口寂しい。慣れって恐ろしいなあ、と思うのだ。


 紐緒が趣味のように注意深く挽いた荒い豆を蒸らし始める。
 途端に独特の香ばしい匂いが化学室を漂う。

 わざわざ温めたカップにコーヒーを注いだ紐緒は頭を振った。

「私はドラえもんじゃないのよ」
 と、紐緒。
「似たようなものじゃないか?」
 と、私。
「無茶なことを言うのね。忘れ薬でも作れと言うの」
「できれば……」
「無理ね、主人君もたまに来るけど私は薬は専門じゃないのよ…………ところでキヨカワ」

「ん」


 紐緒はさりげなく私から視線を移す。


「彼女がなぜここにいるのかしら……?」

「……観察され中」
 紐緒はまったくもって納得したらしく、頷く。
 もう一つ分カップをテーブルに置いた。

 ありがとう。と、嬉しそうに受け取る藤崎さん。


 どうも、私を見る目が怪しい。
 ロマンスに充ち満ちた妄想というか、想像が彼女を突き動かしているのだ。
 ちらり、と私を見ては俯いて赤くなったりするのである。
 あああああ、めんどくさい。

「あのねぇ、あたしと西とは本当に何にもないの」
 感情を抑え、敢えて平静を装う。
 話せば分かる、と。
 そうでしょ?
「でもねでもね、清川さんは西君のこと嫌いなの?」
 手をぱたぱたさせて藤崎さんが言う。
「き、キライ?」
 キライキライキライ、……嫌いとはなんぞ?
 私は考えてしまう。
 普段は思い浮かべるだけで腹が立つと思いこんでいるため、心の底にほったらかしにしてある西の顔を、じっくり出して観察してみる。

 大体、西って奴はデリカシーが欠如している上に、主人の事となると周りに迷惑を掛けることを何とも思っていないし、遠慮という言葉は、そもそも知らないし、初めて会ったときからタメ口でひょっとしてあたしを女だと思っていないんじゃ……。
 ただ、顔は悪くない。

 そう、人をからかうことに命をかけている奴でもある。

 でも、意外と優しい。

 他には…………え〜と、え〜と、…………。



「キヨカワ。顔、赤いわよ」



 私は慌てて頬を抑えた。
 熱を持っていたのは、はっきりと分かった。




6 頭爆発参秒前


 初夏の日はもう長い。

 遅い時間帯にもかかわらず暗いんだか明るいんだか分からない毎日が続く。
 私は、連日の練習で疲れた体を引きずるようにして、家に帰るために歩いていた。
 夏休みに入ると、私は強化合宿に呼ばれ、大変なことになっていくわけである。

 まあ、大会終わる九月までのガマン……、我慢?

 ……そうかぁ、水泳楽しんでやってないのかもしれない。
 ここんとこ。
 ひょっとすると、高校に入ってからはずっとかもしれない。
 何か変わったのかなぁ。
 前々から、私は競泳には向いていないのではないか……と思うことは時々あるんだけど。
 泳ぐのは好きなんだけどね。好きというか、私にとっては当たり前というか。

 …………、私、今更何考え込んでるんだろ。
 馬鹿らしい……。


 家の門に手をかける。

「オス」

「…………」

 私は見たくもなかったが、仕方なく振り向いた。

「はい、かなめくんです」

 脳天気の生まれ変わりであるに違いない西は、突き抜けたように明るい声を出す。
 きつい練習の後だとは思えないくらいに元気だ。
 東高からの時間を考えると……まだ練習は終わっていないはずなんだけど。
「西、まだ七時だ」
「いてて……、俺、お腹痛くて」

 ジャージのお腹付近を抑えて、思い出したように、突如うずくまる。
 これは、あれだ。
 例のやつ。
「懲りもせず、練習中に早退か……」

「俺は体調管理が万全なのだ。望ちゃんが近頃公みたいなこと言うようになってきて悲しいっす」
「悲しいのはお前んとこの監督だろ?」
「ま、そうさな。今年はいつもにも増して気合いが入ってるみたいだから……、あれ以上禿げなきゃいいけど」

 口に蓋をするということが基本的に出来ないのである。
 話がつらつらと続く、続く。

「気合い入れりゃ勝てるってわけでもないからねぇ。なにしろ、俺っち現実主義者だしー。適当に手を抜かないと」
 これで実力がなかったら…………。
 つくづく指導者の皆さんに同情したくなる。



「…………。それで、あたしに何か用か。今、お前の顔見たくないんだけど」

「あ、やっぱ怒ってるっすか?」

「あたりまっ……」

 続きの言葉は西の手の平で塞がれた。
 しーっ、と人差し指を口にあてたジェスチャー。
 ……、家の前だった。


「んで、これからどうする?」
 どうする、って……なにを、どうする。
「俺たちの今後。清川と、俺」
 肩を掴まれる。
 頭に血が上った。


「あ、あたしに、触るなっ」

「俺のこと嫌い?」

「嫌い…………、じゃ、ないけど……、!」
 あわわわわっ、手を握られた。
 茹でられたタコのように顔が赤くなっていくのが分かる。

「ま、また今度ということでっ!」

「今度っていつ」



 知るかー、そんなのー!!

 考えがまとまらないうちは、逃げまくることで私は解決しようとした。


 結局、これは私と西要との長い長〜い付き合いの、始まりに過ぎなかったのである。










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