詩織ちゃん! 第十六話「ヤクソク フタツ」






1 伊集院家の長い夜。





〜伊集院家 玄関〜







 毎晩毎晩「散歩」




 こんな言葉を頭から信じるほど、リーセアさんは馬鹿ではない。


 馬鹿ではないが、旦那が毎晩公達と遊んでいることなど、もちろん知らない。

 知らないからこそ

 ただの散歩で汗をかいて帰ってくるのはナゼか、と。
 当然、疑問に思うわけだ。
 今日も重蔵を送り出したあとで何とも言えない表情になるのである。
 まさか、浮気はしていないわよね……?


 溜息を吐きつつ踵を返したところ、見知った人物を発見した。

 煌めく白色の月のように際立つこの容姿……、と自称するメイ付きの侍従、彼の名は三原咲之進である。
 メイが寝静まったのを確認すると、そのあとは屋敷をぶらぶら。なんともなしに散策する日課があるのだ。ゲームの隠れキャラのようでもあるが、まあ、そこまで良いものではない。
 咲之進は廊下の壁に背を預け、ミニアルバムのようなものをパラパラと捲っていた。
 リーセアは、はたと三原咲之進の前で立ち止まった。

 主人の存在に気付いたのか、咲之進は顔を上げた。

「おや……、何でしょうか」

「あなた、暇そうね」

「暇……? もちろん、暇です」

「尾行しませんか?」

「はあ」

 なんら疑問を抱かないところが、咲之進の凄いところである。




〜伊集院家 姉の部屋〜


 勉強中のレイに黒沢が差し入れたのはサラダであった。

 普通、果物とかじゃないの?
 と、思いつつもきちんと食べるのはレイが真面目だから。

 すぴー。

 すかー。

「さて」

 レイはノートを閉じると、ベッドの側まで来た。
 縁に腰を下ろす。
 どういうわけか、妹がレイのベッドの中で就寝していた。

 トイレの帰り途、入る部屋を間違えたのだ。

 妹は綺麗な髪をシーツの上に零しながら、ゆらゆら夢の中。
 幸せそうな寝顔。
 全ての栄養が集結していそうな柔らかいほっぺたをぷにぷにと突っつく。
 メイはくすぐったそうに身をよじった。

「……悩みなんて、なさそうね」
 肌掛けを肩までかけ直してあげながら、なんともなしに我が身を憂える姉。
 最近自分の心の中に起きた変化を考え始めたレイは、悩んでいるのだ。
 母に相談しようかどうか迷っている。

 色々考えてみた。
 結論として、道筋は幾つかに限定されそうである。
 ところが、レイは今までこのような問題に直面したことがないので、差し当たってはどうしようか困っているのであった。

「あら?」

 いつの間にか、メイはぱっちりと目を開いて姉を見上げていた。
 独り言は、きちんと聞こえていたらしい。
「お姉さま。……メイにだって、悩みくらいあるのだ」
「そうなの……?」
「ひょっとしてメイのことをあっぱらぱーだと思ってる?」
 人差し指を立て、それはちがうのだ、と。
「う、ううん。そんなことないけど。……私、お友達からは相談しかされないから」
「じゃ、メイが人生相談室をやってあげるのだ」

 メイは跳ね起きると、姉の為に聞く体制に入る。
 レイは、ちょこんとベッドの上に正座した。
 どちらが年上なのか分からない、そんな感じ。

 さあ、お姉さま。

 なんでも答えてあげるのだ。







 メイの回答はごくごく、単純である。
 しかし、考え方の一つとしては、自分がやろうとしていたことと合っている。
 妹は、やはり頭がいい。
 余計なロジックをねじ込まないだけかもしれないけれど、即答できるというのは、生き方でそれを体現していることに他ならない。

「でも……、そんな早乙女君みたいな思考でいいのかしら……」
「おねーさまは、ごちゃちゃ考えすぎるのだ。そういうのを思考中毒って言うのだ」

「はあ……」




〜早乙女家 食卓〜


「ぶえっくしょおぉいッッ!」

 好雄は派手にくしゃみをした。



 優美は長年の経験から、”素振り”を見せた兄からケーキの乗ったお皿を頭の上に避難させた。
 きらめき商店街のケーキ店が出した新発売のミルクティーシフォンである。
 是非とも食べてみたい。と、いうわけで優美の分は無事でした。

 先週発売した雑誌に載っていたから、さぞかし美味しいのだろうと学校が終わった時点で店に走ったのである。
 ちょっとした行列が出来ていて、最後のふたつだったことを付け加えておく。

 一方、無事じゃなかった皿が存在している。

 唾の掛かったシフォンケーキを前に、被害を被った人物はフォークを持った手を震わせた。
 俯き加減で前髪に瞳が隠れている。
 故に、表情が分かり難い。

 朝日奈夕子は絞り出すように声を出した。

「なに、これ……?」

 ヤバイ。

 実にやばいです。

 自分のケーキと取り替えようかと考えたが、俺のはシュークリームだ。

 優美の方を見ると、妹は皿を持ったまま背中を向けた。


 どうしよう。



2 一体どこから。


 遠くの方で叫び声のようなものが聞こえたのであるが、風のざわめきにかき消される。

 ジャージ姿の重蔵は、五段重ねのデッカイお重を公園のテーブルの上に置いた。
 あと、お茶の入った魔法瓶と、自分用のワインを何本か。
 ポケットから折り畳みのナイフとオープナーを取り出すと、早速開け始めた。

 流石に手慣れた手つきで、次々と準備をする重蔵に、横で見ている要や望は感心したものである。

「おっさん、会社首になってもソムリエとか出来るんじゃないのか?」
「あたしも、そう思う」

「…………。それもいいなあ」

 伊集院家の主は、ふっと頬の筋肉を緩ませた。
 本気でそう言っているのである、この人。
 本日、名目上は秋に向けて水泳に専念する望の前祝いだった。

 パーティ会場は、中央公園の木のテーブルなのである。


 螺鈿細工の豪華なお重の中身は、着々と減りつつある。
 盆と正月が同時に来たような中身、海の幸山の幸満載である。その量に比例するような、素晴らしい消費スピードだ。
 どっこい、若さを舐めてはいけません。



 その中で、公はぽつりと漏らしたのだ。


「ばれた」


 伊勢海老…………、黒沢料理長に言わせると「それはヨーロピアンオマールです!」とこだわりの講釈を垂れそうだが……、に囓り付いている要は「は?」と聞き返す。
 望は先ほどから蟹の身をほじくり出していて、おにいさん……もとい、重蔵……はタンドリーチキンに手を伸ばしている。
 ぽかんとした。



 公は俯くようにテーブルのグラスを見ながら言った。
 かなり、困惑している顔。

「詩織にばれちゃったんだな……これが」
「なにが?」
「ほら、最近話していた、あれ」
「ははぁん? やけに、早かったな。どして?」
「さあ、詩織の考えることはさっぱりで…………いだっ!」
 公園内に小気味良い音が響き渡った。
 公が思いっきり、頭をはたかれた音である。

「それは、あんびりぃーばぶー!」
 くるくるっ、と指を回す望。
 とても、楽しそうである。

「ど、どどどうしたの、清川さん!」
「What? 細かいなー、男のくせにー」
 ちょっと、彩子も入っている。
 くせにー、という言い方が少し詩織に似ていた。

 すぱぱぱぱん。
「いたっ、いたっ」
 普段とは違う様子に心配して要が、公の耳元で囁く。
「おい、公。元からおかしかったけど、清川とうとう壊れたんじゃ……」
 今度は要が景気よく顎に頭突きをされた。
 ごい〜ん、と。
 知らない世界へ行く要。

 これでは、酒乱そのものではないか?
 公は冷めたような目線で重蔵に言う。
「飲ませたな」
「いや、拒まないからさ」
 意識が無くなる前に、地面に撃沈している要は小さく呟いた。
「……、この、不良……中年……」

 瓶の中身が半分以上減っている所を見るとだいぶ飲んだらしい。
 高価なロマネ・コンティだとは知らないで何杯も……、もちろん高校生が飲むのはいけませんよ、念のため。
 暴れていた望は、次第に目がトロンとしてきたようで……。
 食べたら寝る。
 なんて動物的な子なんだろう!


 意識を失った要と酔いつぶれた望。
 話を聞いてもらおうと思って来た公は、結果として肩すかしをくらった形となる。
「おーい、西、清川さん」
 呼べと揺らせど睡眠中。

 仕方ないので重蔵と世間話でも。
 重蔵がこれまた話を引き出すのが上手い。

 特に、娘のことについては興味津々であった。



3 伊集院レイ

 高校一年の時の話である。




「おい」




「おい、と言っているだろう」




 帰りもせず、かといって部活に参加するわけでもない。
 放課後はただ教室で上の空。
 それが高校一年生になった公であった。
 こんな俺に話し掛けるのは早乙女好雄を除けばクラスでは一人しかいない。
 どちらも相当な暇人である。

「ほほう、君は相変わらず貧相な顔をしているな……。顔の造形も不味いが、その表情が、だ」

 もちろん、男のくせに長い髪を後ろで縛っている男だ。
 毎度のことだが、二言ほど多い。

「大きなお世話だ」
「僕は事実を言っただけのことだ。まあ、気にするな庶民」
「あ、そう」

「で、帰らないのかね?」

「帰っても、特にやることないし」
「それはそれは……、と、すると今は人生の浪費をしているというわけだな」
 レイは公の前の机の上に腰を落とすと、意味ありげに微笑んだ。

 あまりに流麗な横顔に、見惚れそうになる。
 公の率直な感想である。


「お前、もったいないな」
「なにがだ」
「女だったら毎日ラブレターもらっていただろうな……って思った」

 嫌味をつらつらと重ねる口の悪さを差し引いても、羨ましい器量の良さである。
 レイは、殊更オーバーアクション気味に言った。

「ラブレター? 今でも毎日もらっているぞ。羨ましいのか?」

「別に……。俺はひとりで十分」

「イニシャルは、F?」

「お、お前っ! 何故それを」

 公は耳先まで真っ赤に染まった。
 誰にも言った覚えはないのに、レイはいつの間にか公の姫君を知っていたのである。
「随分と高望みだな、諦めた方が良いのではないのかね」
 伊集院は顎で教室の一角を示した。

 友達の女子生徒……と、五月蠅い男子生徒達に、囲まれて詩織がいる。
 入学してまだ間もないのに、たちまち人気者………近寄れもしない。
 最後に話をしたのはいつだろう……、話さなくなって久しいよね。
 詩織からすると俺の事なんて便所の隅に生えているぺんぺん草みたいにしか映らないだろうから、仕方ないけどさ。

 だから、最近はこのままでもいいか、と思っていたのだ。

 ずっとこのままだと。

 自暴自棄を通り越して、何に対しても無関心主義に足を突っ込みそうになっていた。
 ところが、ますます詩織しか目に入らない。

 一言で言うと、重症なのである。


「いいよ、別に。俺が……、勝手に好きなだけだもん」
「…………」
 レイはなんとも言えない表情をする。
 誰も何も言わなくても……、自分の好きな人の好きな人は……嫌でも分かる。
 つい、口から出そうになる嫌味をぐっと堪える。
 こらえるが……、ぽろりと出てしまう。
「馬鹿だな、君は」

 でも、詩織は目があったとき、一度微笑んでくれた。
 それで、公は嬉しくなったのである。



4 薄く。薄ーく。


 中学時代の話である。


 公の部屋の熱された空気を、扇風機がかき回していた。

 これ、壊れているんじゃないかと、公は思っている。
 十秒に一回、羽根の回転が遅くなるのですよ。
 そのように陳情しても、新しい扇風機を買って貰えるわけでもなく、止まらないだけ好しとするしかないのである。



「はぁ?」

 公はカルピスの原液を薄ーくしながら、要に聞き返した。
 要は自分の鞄からバサバサと雑誌を出した。
 海外各国リーグを紹介した専門誌だ。

 要は一冊の雑誌をぱらぱらめくり、ポルトガルの一人の選手を導き当てる。
 このときは、世界を代表する選手になるとは思っていなかった。
 今ではすんごい選手になっております、はい。
「前にビデオで見たろ? 公にそっくりな動きをするんだ」
「監督に見せてもらったな……俺の数十倍上手い選手」
「な、海外リーグで一緒に揉まれよう」
「何年も掛かって二部の補欠に収まるさ、きっと。おまけにもうひとつ問題あるし」
「というと」
 公はおおげさに首を振って見せた。

「俺、ガイジン苦手」


 と、いうのは建前。
 本音は別にあるのである。

 ハチミツのように甘くて、楽しそうな夢であるけれども。
♪一に詩織。二に詩織。
 三四が無くて、五に詩織。
 六に詩織。七に詩織。
 八九の勢い、十サッカー。

 おめでとうございます。
 サッカーは総合十位です。

 可愛い幼馴染みで、頭の中が一杯だと言うことを表現してみました。


「サッカーやっている時間があったら、もっと詩織に話し掛ければ良かったんだよ」
「まあ、そうかもしれないな」
「今を見てみろ、話し掛けるどころか目を合わせる機会も無くて……」
 涙が出そうになるので、この話はやめることにする。
 公と詩織のぎくしゃくした関係は、涙なしには語れない。
 要ですら、そう思うのだ。
 本人は毎日胃が痛い。

「きらめき高校っていったら結構な進学校だなあ……。あのさ、俺も同じようなもんだけど」
「分かってるよ。俺の知り合いで頭が良くて簡単に合格しそうなの詩織くらいなんだもん……。でも、詩織に勉強教えてくれなんて言えないし」
「公より少しでも頭が良ければいいんだろ? 美樹原と一緒に勉強すれば?」
「うん。逃げられた」

 八方塞がりという表現がパズルのようにぴったり。
 公は独力で勉強しているわけである。
 はなはだ不安なやり方ではあるが、自分しか頼るものがない。

「あのさ、公……。もう、サッカーやらないのかな」
「うん」
「そうか……」
「西?」
「…………」


 夏も終わりに近づき、公の机には参考書が積まれていた。
 普段全然勉強していない公のきらめき高校への合格判定は、思い出すと頭が痛くなる程度。
 毎日勉強しているが、それでも大変だ……。

 けだるい空気を扇風機がからからと掻き回した。




5 詩織の考えること

 今考えると、詩織が手を伸ばせば届く場所にいてくれるというのは奇蹟かもしれないと思う。
 他の誰が何と言おうと、公はそう思うのである。

 酔いつぶれた望は、結局目を覚まさなかったので、要に任せて(?)公は自宅に帰ってきた。
 玄関に荷物を置くと、もう一回外に出る。
 公は夜に佇む藤崎家を見上げて呟いた。


「詩織置いていくのは…………、嫌だなあ」


 詩織の笑顔が消えるかもしれないかと思うと。
 とてもこわい。
 想像すると心臓がぎゅーっとなる。

 公園でのやりとりを、少しだけ思い出す。


「勝手な計画がばれちゃって。藤崎、怒るぞぉ」
 要は、人ごとであるかのように頭の両脇に右手と左手で人差し指を立てた。

「いや、それがその……、怒ってもらった方が良かった事態になりつつあり……」
「へ? だって俺と海外行くんだろ?」
「あの、それが……ごにょ、ごにょ……」

 公としては、頭を抱えたくなる方向へ話が進んでいるのである。


 そして、呼び鈴は押せないのだ。








 その公の前に、ちょうど詩織が出てきたのだから。
 驚く。



 門を開けたら、家の前にいた公とばったり。
 少年は晴れた夜空を見上げていた。
 そして、少年の目の前には黄色いTシャツに、エスニック・ルックの短いパンツといった格好の詩織。
 少年より背が低い女の子は立ち止まる。


 公を見つけて、嬉しかったらしい。
 詩織の顔はほんのりと朱に染まった。
 たたた、と走り寄る。

「こーう、ちゃん」

 悲観的なことを考えていたせいか、現れた詩織を見た反動で公はぞわっと背中に熱いものを感じた。
 握られた柔らかい手の、暖かな感触に現実を見せられた。
 たまらなくなって、目の前の少女を思いっきり自分の手元に引き寄せる。
 詩織は微かに吐息を漏らし、からん……と回覧板を地に落とした。
 公に体躯を包まれ、背が反った状態になる……やがて力を緩めてくれたので息を落ち着かせた。

「あのぅ……」

 詩織は、自分でも動揺しているのか、していないのか、良く分からない。
 公の背中に手を回そうかどうか、半袖のシャツから出ている詩織の健康的で適度に細い腕が、そわそわと迷っている。
 うー、んと。
 じれったくなって、公はその手をぎゅっと掴むと無理矢理自分の背中に回した。

 詩織は、安心しきったように公に体を預けた。

 柔らかい肉体の感触に公はどぎまぎした。
 長い髪からは風呂上がりの良い匂いがする。
 何処のシャンプー使っているのだろうか?
 詩織は詩織で、公、今日も疲れているのかなあ、などと考える。


 ここ最近の雨が嘘のようで、昨日と今日は快晴。

 闇夜に空も晴れ渡り、雲一つ無い大きな空間が広がっているのである。




6 蓋を開けてみたら


 詩織は一度、公から身を離した。

 地面に落ちている回覧板を拾うと、塀の脇に立てかける。
 両手を後ろで組むと、覗き上げるように公の顔を見上げた。

 緊張で喉が渇く。
 公はごくりと唾を飲んだ。


「あの、詩織……、昨日の話なんだけど、もう一度確認していいかな」
「うん、うん」
「お前、連れていってもらえると思って……」
「うん、うん!」

 笑顔が五割ほど増す。

「駄目、に決まってるだろ」
「なんで?」
 詩織は意外そうに首を傾げた。
 この期待に充ち満ちている瞳から察するに、恐らく詩織は何も考えていないと思われる。
 ここ、大問題なのです。

「私も一緒でしょ?」

「……だ、駄目駄目駄目!!」
「けち」

 けち…………。
 そういう問題じゃないよな、うん。
 公は、子供をなだめるように詩織に語りかけた。
 なるべく、優しく。

「俺さ、諦めてすぐに帰ってくるかもしれないし、詩織だって大学に行った方が良いし、お金だって大変なんだから」
 面倒はおっさんが見てくれるって言っているけど、働かないと生きていけないだろうと思っている。
 十分な収入を持って旅行に行くのとは訳が違うのである。

「あのね、公」
「うん」

「公は好きなことできるし、私は公の側にいられるし……これって、凄く嬉しいこと?」

「う…………」
「嬉しいこと……?」
「…………嬉しい」

 けど。

 こんな収入のアテも何もない若造に、一人娘を預けるわけないじゃないかあっ!
 伊集院家ではないが、詩織の父が親馬鹿なのは公も知っている。
 詩織は、自分も働くと主張するけど……そういう問題じゃないだろうと。

「じゃあさ、……ごにょごにょ」
「…………っこん!?」
 平然と言う詩織に、鼻血が出そうになった。
 指を合わせてもじもじしている詩織。彼女の思考はどこまでも突き抜けている。
「ね、これで問題解決」
 問題は、大ありなような気がする。
 しかし、天使のような笑顔を見ると、途端に公は何も言えなくなってしまうのである。
 なんの事はない、お釈迦様の手の上の孫悟空のような関係であった。

「詩織……」
「私、公のこと好きだなー」
「…………、俺も」
「おそろい」



6 安心。

 水銀灯の光は白く、その近くを小さな虫がたくさん飛び回っている。

 電灯の調子が悪いのか、小さくブーンと機械音が聞こえる。
 時折、チチチ、と虫なのか鳥なのか……沈黙する夜の公園に羽音が音楽として流れてくるが、まあ静かです。

 もうすぐ夏なんだなあ。



 今年は何処まで勝ち進めるかな……?

 要は、石のベンチに腰を下ろし、暗闇に星を見上げていた。
 星座をひとつ、みつける。
 おおぐま座があそこだから、……おお、北極星ってあれか。
 そういえば、宇宙飛行士になりたいと思ったこともあったっけな。
 子供の頃に見た夢だ。


 藤崎にばれたこと、良かったんじゃないかと俺は思う。
 いずれ離れるのなら、早い方がいい。

 俺ならそう思う。


 要は神出鬼没で摩訶不思議な男ではあるが、まさか公と詩織の会話が大変な方向へ進んでいることなど、知らなかった。
 彼の想像の中には、詩織が付いてくるという選択肢はなかったのである。
 高校を卒業したら、公と俺のスウィートタイムを満喫できると思っていたのだ。
 別に彼は男色ではありません。
 念のため。



「要が真面目な顔しているの、珍しい」
「なに?」
 望はゆっくり首を回すと、よいしょ、とベンチに座り直す。
 酔いが醒めた、……いや、手のひらでぺちーんと頭を叩いている所をみるとまだか。
 まだどころか、そうとうへべれけになっております。
 顔はほんのり桜色。
「俺はいつでも真剣だぞ? こんなに真面目な…………、お前、要って言ったか?」
「言った……。うー、気持ち悪い。水……」
 気持ち悪くなったのか、またごろんと横になる。

 こりゃあ、相当酔っているな。
 要は水を汲んで来るべく立ち上がった。

 ふと、望を振り返る。
 望は目の上に腕を置き、完全にグロッキーだ。明日が日曜日で良かったかもしれない。
「平気か」
「へーき。気持ち悪い、けど」
「頭の中を羊がぐるぐる回っていたりして」
「そんな感じ。…………あれ、主人は」
「多分、藤崎のところ」

 要の頭の中にひとつの恒例行事が思い出された。
 洒落が服を着て歩いている要は、一日に十回は軽口を叩かないと気が済まないらしい。
「なあ、清川」
「なに」
「俺と付き合わない?」

 言った側から、要は頭を覆った。
 殴られると思ったから。


「ん。いいよ」


 清川さん(注:酔ってます)は、即答した。
 そして、ごろんと望(注注:すごく酔ってます)は横になった。



 これが原因で、後日揉めに揉めるのだが、それはまた後のお話。









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