第八話ハルナノニ

詩織ちゃん! 第八話「ハルナノニ」



1 ある日、ある時。





 春の風は暖かく……しかし、まだ四月の初めである。


 生ぬるい風、時折肌寒くなったります。
 大きな池から時折吹く風が、肌を刺激する。

 夕暮れ時のきらめき中央公園は、やや人の影が薄れかけていた。








「なあ、俺ってサッカーやるべきだと思うか?」

 公は風で波紋立つ水面を見つめ、ぽつり。


「…………ふん、それは君が決めることだろう」

「やっぱり?」



 でもさ、何か言ってくれても良いんじゃないのかな。
 正確に言うと、やるかどうか以前に、やれるのか? というまた違った不安がある。
 一度壊れたものが治るのかとか、それは何時なのかとか……。
「……僕は忙しいのだ。くだらない事でいちいち呼び出さないでくれたまえ。時間の浪費ほど愚かなことはない」

 とはいうものの。
 この御曹子は本当に迷惑がっているのかどうか。

「悪かったな……。でもさ、俺、他に相談できる奴いなくて」
 その言葉にちょっとレイは嬉しくなったのだけれども。


「幼なじみの彼女はどうした」
「無理。お前と同じ事を言うと思う」
 多分、ね。
「清川さんも仲が良いだろう。相談してみたらどうだ?」
「彼女なら………やれって」
 清川望なら。
 そう言うだろうか。

 清川望の性格は苛烈そのもの、でもって眉目秀麗………。
 あ、可愛いよ、うん。



「ふむ………、まあ、しかし……なんだ」

 伊集院は樹で出来た柵に寄りかかり、反対の景色を眺める。

 レイは胸を反らして、公に言った。

「……綺麗な夕日だぞ、庶民」

 公は水面に浮かぶ、茜差す太陽の木漏れ日を見た。


 あと小一時間もしたらあたりは暗くなるだろう、今が一番綺麗だと思う。





「……もうすぐクラス替わっちまうな」

 ぼそっと。

「そうだな。あと二、三日もすれば君とも離ればなれになれる。僕の精神衛生も上手いこと保たれるだろう」
「俺は結構寂しいけど」
「ば、馬鹿なことを……」
 レイはわずかにどもった。

「なにを赤くなっているんだ?」
 公はあははと笑い、レイをからかう。

「これは夕日のせいだ!」
 レイはムキになって叫んだ。

 でも、内心は。

 えっ、寂しいのっ?





「夕日かー……綺麗だな」

 公の耳にはレイの心は届かない……。


 レイはひとつ咳払いをする。

「君はこのあと暇か」
「六時くらいまでなら」

「何か用事があるのかね」
「ちょっと、ね」

「……それまでは暇なのだな? それでは庶民に最高級の茶を馳走してやろう」


 たまには、スキンシップしないと入るスキが無くなってしまうような気がして……。

 ね。




2 春は何色??


 クリスマスの時も思ったのだが、でけえなあ……。

 公は無意味に広いテラスを見回して、感心した。
 さらに目の前には、ひろーい庭園が一望できるのである。
 外国みたいな庭だなあ……。


 目の前に温められた空のティーカップが置かれる。

 これも前にさんざん聞かされたマイセンの高級品だろうか?
 時間をおいた銀製品の茶器から、茶こしをつたって紅茶が注がれていく。


 料理長黒沢は、公に訪ねた。

「ストレートですが、宜しゅうございますか」
「あ、はい」
 ストレートと言われても、なんのとこやら分からないので勝手にしてくれて構わないのだ。
 注がれてゆく高温の液体からは、なんともいえぬ湯気が立ちこめる。
「ん、本当に良い匂いがするかも……」
 公の何気ない一言に料理長黒沢の眼が光った。
 レイはやばいかな、と思ったのだ。

「ほう、お目が高いですなあ! そもそも茶はツバキ科「カメリア シネンシス」という常緑の茶樹から摘まれた若葉を原料にして作られた物でして!」

 レイは、露骨に嫌そうな顔をした。
 眉間に手を置く。
 また、講釈の時間が始まっちゃったわ。
 黒沢………最悪。

「そして、本日お出しした紅茶はヒマラヤのマカイバリティーガーデンでしか生産されない貴重な一品でございます。なんたる僥倖でしょうか、この紅茶を飲めるとは。しかもファーストフラッシュはマーケットに出回らないのでとても貴重なのです!」

 どうしたものかしら……レイは頭の中をぐるぐると掻き回す。
 案外、真剣に聞いていた公は小声でレイに耳打ちをする。

「何を言っているか俺には全然分からんのだが……。あー、伊集院、ふぁーすとふらっしゅ……てのはなんだ?」
 何だかわからないけど、興味はあるらしい。
 レイは少し安心する。
「ワインでいうファーストヴィンテージのことだ。つまり同じ畑でも最高級のもの。採れる期間も限定されているな」
「なるほど。……貰っていっていいか?」
「駄目だ馬鹿者」
 レイは公の左手を抓る。
 火傷でもしたかのように、手の平が熱い。



 すぐ上の階。
 レイには内緒。

「挨拶はなさらないの? 折角、レイの意中の男性が家に来ているのに」
「ん? 顔が見られれば満足だ。いいじゃないか、まあまあ」
「応援しないつもり……なのかしら?」
「いーや、レイの好きにやらせる。君もそのつもりだろ?」

 リーセアは頷いた。
 ほっとこう。

 若者の恋っちゅーもんは、下手に手出しをすると火傷しちゃうし。

「レイが振られたら?」
「親の愛ってもんがある」

 重蔵は生真面目な顔で言った。
 二人は一時視線を合わし、優しく笑う。





3 パスタとレモンと。


 少女は106の前で突っ立っていた。
 つまらなさそうに。

 カツ

 カツ

 地面を蹴っている。

 きょろきょろしだした。

 何かを探しているらしい。
 ある意味、泣きそうだ。


 ちょっとだけ格好良い……清潔感溢れる少年が、女の子に声を掛けた。
「あの……、暇ですか?」

 びくうっ。
 少女は驚いて振り返った。


「誰…。です…。……………か?」

 少年は堰を切ったように猛然と話しかける。
 俺って、運が良い。
 彼女と街中で会えるなんて!!

「俺っ、東高校の早田って言います! 俺、前から君のことが」
 三つ編みにした髪を垂らした少女は、キョトンとした。

「あっ」

 意を決して吐き出した言葉は、駆けだした少女には届かなかった。
 待ち人現れたから……。



 公は胸に詩織のタックルをまともにくらった。

 うおっ

「……、し、………いいや。…………あれ、誰だい?」
 固まっている早田君を見て、公は詩織に聞く。
「しらないひと」
 ぴとっと、公の胸に張り付く詩織。
 実際、そうなのだから。
 うん。

「公、六時はもうとっくに過ぎているのに」
 ぷくっと詩織の頬が膨れる。
「来ないかと思った」
「ちょっと寄り道が……ゴメン、今日は俺の奢りと言うことで」

「うん、そういうことで」

 詩織はにっこり笑った。
 じゃ、行きますかお姫様。
 ハ〜イ。





「あの〜」
 一人残された彼のことは、振り返らなかった。
 というよりすでに存在を忘れている様子であった。






 嬉しそうにメニューを眺めている詩織を見てしみじみと思い出す。
 パスタは昔から好きなんだよなあ。
 給食でたまに出ると嬉しそうだったし。

 うー、あの頃は仲が良かったな。
 と、いっても詩織と一緒に御飯を食べるなんてこと、中学のころは夢のまた夢だったけど。
 中学の頃は……。
 こいつはとにかくどんどん綺麗になっていくし、俺と違って頭良かったし、人気者だし。なんだか日に日に、遠い憧れの女の子みたいな感じだったっけ……。

「? どしたの、公ちゃん」

 詩織は公にその可愛らしい顔を向ける。
 おさげをふたつ作った詩織の髪型は新鮮だ。
 いつもは下ろしているから、少し大人っぽいのだけれど、今日みたいなのは幼く見えて可愛い。

「…詩織が可愛いから見惚れてた」
「あ……ぅ」

 少女は耳元を薄赤く染め、うつむいた。
 それきり、顔を上げられない。

 なんとなく、横から見てみると。
 椅子に手を着き、テーブルの下で脚をぶらぶら。
 恥ずかしいみたい。

「こ……う、何頼むの?」
 俯いたままだが詩織が公に問う。

「俺、っすか。俺はこのシェフのお薦め。詩織は?」
「私、ボンゴレ……」
 メニューに顔を伏せたまま言うのである。
「ボンゴレが好きなんだ?」
「……の気分」
 ……、いつになったらこの娘の思考回路を理解出来るようになるのだろうか……。
 ずっと、謎に思っている公なのです。



 シェフのお薦めというのは、春野菜をふんだんに盛り込んだ、季節のパスタのことでありました。
 温かいクリームソースが麺に絡まり、素直に美味しいと思う。
 かちゃかちゃとフォークが小気味よい音を奏でる。

「公は何でサッカーやるようになったの??」
 もちろん、中学のときの話である。

 ドキっとした。
 つい先刻、伊集院レイと話していたことと同じになったので。
「あ〜、その…………聞きたいの?」
「うん、聞きたいの」
 自分のことを話すのは苦手なのだが……。
 でも、詩織が聞きたいらしいので。
 は、恥ずかしいぞこれって。

「え〜と、さ。中学の頃、俺好きな子がいたんだな」
 詩織はちょっと……いや、露骨にびきっと体を固くしたが、黙って聞いている。

「その子は美人で頭が良くて性格が良くてさ……、俺とは月とスッポンだったの。……だから、少しでも見劣りしないようになれば良いなあ……と思って勉強は苦手だったからサッカーを、ね。小学校の頃から得意だったからさ」
 詩織は黙って聞いている。

「でさ、ちょっとは釣り合うようになったのかなって………」
「…………」
 詩織の瞳を真剣に覗き込む公。


「それって………、その子。………」

「……、です」

「………はぅ…」


 惚けている詩織を目の前に、公はフォークに麺を絡ませた。

「詩織、一口食べる?」

「ウン」

 即答。
 この組み合わせはどうだろう。

 明るい雰囲気の店で、二人の恋人は子供のように会話を交わしていた。





4 愛の伝道師。


 朝日奈夕子は一人でぶつぶつと呟いていた。

 学校じゃアイツ絶対に話しかけて来ないから、たまには外に連れ出さないと……。

 本当に最悪最低脳味噌あるのか分からないくらいの鈍感よね。
 私としてはイニシアチブをなんでこっちが取らなくてはならないのかが分からないわ。

 駅ビルの前に小さな噴水があり、ここは待ち合わせの場所としてきらめき市民に重宝されている。
 夕子は噴水のコンクリートの縁に腰を降ろして好雄を待っているのである。

 大抵遅刻しやがるのだ。
 それはいつものこと。
 まったく、たまには反対に遅れてきてやろうかな?
 なんか高校に入ってから、考えてばっかりだ……原因は分かっているんだけれど。

 でも、そんなことを考えていたから、今日は、好雄が待ち合わせにやってきたのに気が付かなかった。


「待った?」
「待ったじゃないわよ。10分も遅れてきて!」

 夕子は腰に手を当てて、早乙女好雄に不満顔を向ける。

「すまん、出掛けに優美の奴とやりあっちまって」
「今日のデート代、好雄持ちだからね」
「あ、朝日奈、買い物行くんだろ? 早く行こう」
「はいはい、じゃあ行きましょうね。好雄ちゃん」

「……怒ってる?」

「わよ」





 10分経過……


 20分経過……。むう


 30分経過……。まだ服選びは終わらんのか?
 いい加減に待ちくたびれた。

 好雄は106のブティック前のロビーに設置されている椅子に座り、顎を手の上に載せている……。

 ひとつ、息を吐くと立ち上がった。
 腰を上げると、試着室の前までやって来る。


「朝日奈、まだ終わらないのか? 俺、暇だぞ」

 カーテンの向こうから夕子の声が聞こえる。

「女の子は時間がかかるのよ。そのくらい判れ、鈍感! ……行きたいコンサートがあるから、あんましお金使いたくないし」
「へぇへぇ、そうですか」
 まだ怒っているラシイ。
 後半が本音だな、絶対に。

 やーれやれ、公の奴もこんな思いしているのかな?

 好雄はあくびを噛み殺した。


 夕子がカーテンの端から手を出してちょいちょと、手招きをする。
「好雄。この服どうかな?」
「見ていいのか? どれ」

 横から首を入れて、個室の中を覗いた。
 とたんに柔らかい感触が唇を覆った。
 あ、さひな?
 夕子は半秒も経たないで唇を離した。


「お、お前、お前お前お前お前……。な、ななななな何を!」
「何よ、文句あるの? 着替えるんだから出ていって、邪魔よ」

 夕子は好雄は突き飛ばすと、カーテンの端を持って思いっきり締めた。




「ふう」



 …………。

 ちょっとだけ、スッキリした気がする……。






5 あったかいと。

 校庭の臨時掲示板には大きく新年度のクラス分けの告知が張られたいた。

 公は一人でそれを見上げていたのである。
 右上の端から、順繰りに名前をなぞっていく。
 ……うーむ、二年生はA組か。
 ゲンが良いな。

 しかし、公の興味はそんなところにはない。引き続き、クラスの名前を見ていくと……。


 あ、一緒だ!


 よしよし、後はどうでもいいや。
 本気でどうでもいい。
 神様ありがとう。

 え〜と、あとは……好雄に伊集院。なんだ、また一緒か。
 美樹原さん…と、
 古式ゆかり、あー二階堂いるな…………ふむ。

 三年はクラス替え無いから、卒業まではこのメンバーである。



「いよう、公! また一緒だ。俺様は嬉しいですぞ」
 掲示板から離れると、見知った顔がわらわらと寄ってきた。

「お、愛の伝道師。元気だったか? ……なんだ、やけに嬉しそうだな。何か良いことでもあったか?」
 なんだか、好雄はにやにやと機嫌が良さそうだ。
 なんかあったかな。
「へへ、内緒だ」


「ふん、また君と同じクラスか。妙な縁があるようだな」
「お、ボンボンか」
「今年一年、僕に迷惑をかけるなよ。なるべく隅っこで生活をするように」

 ……変わっていないな。
 今年も。


「こ〜う、ちゃん」

 振り向くと、

「詩織」
「また、一緒」

 詩織はえへへと笑った。



 植え込みの傍に見知らぬ制服が一人。
 男子生徒だ。

 何故か公を見ている。

「また、お前か……。他校の生徒が一体何を」
 振り向くと腕を組んだ清川望が立っていた。

「東高校の始業式は終わったのか?」
「う゛う゛〜、公。何故きらめき高校に来たんだ……」
 泣きそうになっている要を見て、
 藤崎さんがいるからだろ? とは、言わずに、

 望は、一歩後ずさりした。

「……お前。男色か?」

「違うっ、ただ公のことが個人的に好きなだけだ」

 何が違うのだ。
 とりあえず、距離はおいておこうと望は思った。

「……これが県下に誇るスーパー特待生の姿かぁ。サッカーの神様が泣くぞ、これじゃあ」
「知らん、好きなだけ泣かしておけ。……あ〜、公、きらめきから転校して来ないかな……」

 一応、同じく特待生の望はあきれ顔で要を見た。







 公の前に約一名の女の子。
 その娘は赤茶色の髪をポニーテールにした、ちょっと活発そうな子だった。

「さて、私は誰でしょう?」
 たしかにきらめき高校の制服だ。


 春だからかな。



 変なのが多くて困る。







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