第六話レヴォリューション?
詩織ちゃん! 第六話「レヴォリューション?」


1 危険!


 流れる風景……夕方の景色は朱色に染まり、窓に眩しい光を反射させる。

 時折、煌めくその光に時を感じるレイは少々アンニュイな感じ。
 放課後、犬は喜び庭駆け回り、ネコはこたつで丸くなるほどの寒気……。雲が降りていないのに、この寒さはどういうことだろう。
 もっとも、リムジンに乗っている彼女には外の温度など関係のないことなのだが……。



「あっ、……外井、車を止めて!」
「ハイ」
 文字通り『急ブレーキ』を踏む、レイ付きの外井。
 車体は大きく沈み込んだ。

 キキ!

 ごっつん。

 レイは前のシートにおでこをぶつけた。

「…………いたい。……外井、痛いの……」
 涙目になって、おでこを抑えるレイ。

「止まりました。レイ様」
 外井はあくまでも生真面目に言った。



 公の前に突然止まった、チタングレーの高級車。磨き上げられ光り輝く重厚な様相は一般市民を気後れさせるのには十分である。
 公の目の前には見知った表情があった。
 端正で整った横顔。………人を見下したその視線で判別がつく。
 もっとも、それほど気になるものではない。
 今となっては。
 案外、慣れるとあいつの目は優しい…………カモ。


 レイは耳に掛かった髪を掻き上げると、

「おや、庶民ではないか。珍しく帰りが遅いな……。学校に残っていてもすることがないだろう、君は」
「まあな……」

 そんなことを言うためにわざわざ車を止めたのか、暇人め……。
 レイは目を細めて公に哀れみの視線を送る。
「ふっ、もっと有意義に時間を使えないものか……庶民とは哀れだな」

「余計なお世話だ」
 いつもこんな感じだ。
 俺のことをおちょっくているのか、それとも本当に気があるのか。やはり後者だったらどうしよう……、常に逃げる準備はしているのだが。
 とにかく周囲に妙な誤解を与えるのだけは避けたい。
 なんとしても。
 うん。

「ちょうどいいや。……俺を家まで送ってくれ」


 ……主人君は、ときどきこういうのがあるから。

 突然は、困ってしまう。





 でも。
 広い車内の中に公と二人きり……外井もいるが……わっ、これってラッキーなのかしら。
 なんだかんだでレイは少しドキドキ。

 外井は多分、全然、ちっとも気にしていないのだが、義務なので一応訊いた。

「宜しいのでしょうか?」
「うむ、……まあ……たまには良いだろう。どうせ、庶民には生涯縁のない超高級車だ。生涯の思い出にしたまえ」
「うむ、一生の思い出にしよう」
 公はふざけてちょっとだけ笑った。
 そして窓の外の風景を眺める。
 …………。


 何しろ、公の家まではそんなに遠くない。

 沈黙が気になって、レイは話かけた。
「こんな時間まで何をしていたのかね、君は」

「あ〜、うん。サッカー見てた」
「サッカー部か……? やめたと言っただろう」
「まあ……」

 気が入っていない返事に、レイはムッとくる。
 好きな人に相手にされていない事実は耐えられない……を通り過ぎて腹が立つ。

「なんだ、君は案外女々しいのだな………」
「悪かった……な………っと」
 ど……さっ。
 公が倒れ込んできて、レイのちょうど膝の上に頭をぼふんと乗せた。

 心臓が爆発しそうになった。

 なっ、ななななな……。

「ふわあぁぁ、俺……最近、毎朝走っていて眠いんだ。あと、よろしく………な、いじゅうい…ん……おやす…」

 公は深い眠りに入っていった。
 有無を言わせる暇もなく。

 どこでも寝られるって凄い。




「あとよろしくって…………えっ、外井どうすればいいの?」

 首筋まで赤く染め、レイは公の髪に触れる。

「ご自宅まで送って差し上げればよいのでしょう。いや……それにしても」

 ちらりとミラーに目をやる。

 ………。
 ………。
 ………。


「………、ふふふ」

 外井雪之丞の声を隠さない笑い。
 レイは慌てて公の顔を隠した。


 あー、怖い怖い。




2 疲れているときは。


 学校からの帰り道。
 藤崎詩織はしょーもない理由で機嫌が悪かった。

 公、私と一緒に帰ってくれない。


 彼女は自分が校内で一番のアイドル的存在であることをちっとも自覚していない。
 一緒に帰る場面を見られでもしたら公は「ちょっと目も当てられないような惨劇」に陥るのであるが……ま、それもよし。


 自宅のドアを開け、ただいまを言おうとして立ち止まる。
 無視して通り過ぎたが、よく考えると隣の家の前に一台の車が止まっていることに気が付いたからだ。
 そして、その玄関の前には一人の男の子が立っていた。

 むっ、あれは伊集院くんね。

 レイも詩織に気が付いたようで、軽く会釈をする。


「やあ、藤崎さんではないですか。ご機嫌麗しゅう」
 非常に優雅だ。
 やはり育ちが違うからだろうか?
 まあ、とりあえず声を掛けられたので返事は返す。

 ここらへんの社交辞令はさすがに藤崎詩織。優等生だ。
 受け答えも、

「何か、用?」

 ………あまりにも冷たい詩織の表情に、レイはやや遅れ気味になった。
 詩織に浮かぶべき表情が見られないのは、機嫌が悪いからか。
 それとも単に公以外の男子は単なる紙粘土にしか見えないのか。
 とても説得力がある。

「い、いえ。主人君を送ってきたのですが……」

「公を?」

 珍しい。
 詩織はそう感じた。公と伊集院はいっつも話をしているけど、そんなに仲が良さそうには見えない。
 ……というよりは犬猿の仲にも見える。

「彼、どうかしたの?」

「はあ……、かなり疲れがたまっているようで」

 そこまで聞くと、すでに詩織は公の家に。
 階段を駆け登る音が聞こえ…………。

 これは一体、不法侵入にはならないのだろうか?


「……もう、寝ているんだけど………なー」
 レイの声も届かず、詩織は行ってしまった。

 …………。

 私も幼なじみが良かったな……。
 すこし、目頭が熱くなる。
 夕日が沈む直前の、茜色の空を見てごまかした。






3 夢とデジャヴ

 憂鬱だ。

 サッカー部の室内に貼られたメンバー表を前に公はどこか沈んだ表情。

 7番 主人 公

 西の奴、また怒るだろうな。

 東中学のウルトラエースを差し置いて俺が右サイド……。しかもここんとこ、二試合続けてだ!
 監督、俺に何か恨みでもあるのか。

 最近、西と俺の仲は悪くなる一方だ……。


「こおらっ! 主人〜!」

 勢い良く扉が開き、髪を短く刈り込んだ知った顔が出てきた。
 あんまし顔と頭は良くはない……俺の方がいいと思う……が、何故かモテル。
 それが西要(にしかなめ)という男。
 部内では、マルコメミソとも呼ばれている。

 当然、内緒だ。

 バレたら西の奴は暴れるだろう。


「貴様、何故レギュラーに選ばれとるっ!」

 ついでに、むちゃくちゃなことを平気で言う男としても有名だ。
 しょうがないだろ、監督が決めたことなんだから……。

「くそ、何故俺より下手なお前が……」
 上手い下手というかお前と俺では選手タイプがまるで違うというか。
 とは、言えない。

 西はいつまでも悔しそうな顔をしていた。

 俺はまだその顔を覚えている。




 おぼろげながら、明るい光が見えた。

 木の模様が目に映り……ん、……見慣れた光景だな。
 眠っていたのかな、そうかも。
 俺は寝起きの脱力した体をあまり動かさず、ゆっくり部屋を見渡した。

 詩織がいる。


「あっ、公……」
 なぜだかは知らんが詩織がいる。

 まだ夢?
 そういうことか……?
 どうも、夢の続きらしい。

「なんで………」
「え?」

 公に顔を近づけた詩織は、詳しく聞き取ろうとする。

「なに、公」
 詩織も良く分からない娘だが、公も分からない時がある。
 最近は、とくに。
 バサッ
 公は詩織の手を引くと、一気にベッドの上に引きずり込んだ。
「…………?」
 詩織はキョトンとした……。
 別段、何も感じないところが詩織が詩織たる由縁なのである。


「とにかく、俺はサッカーをもうやめたんだ」
 詩織の顔を間近に独白する。
「………? うん」
 良く分からないが、とりあえず頷く詩織。
「………。だからさあ、もう」
 それっきり、公は喋るのを止めてしまった。
 寝っころがって、天井を眺める。
 じゃあ、詩織もそうする。

 ……。

「こう、ちゃん」
「ん?」
「えっと……疲れているのかな?」
 詩織は公のおでこに手を当てる。

「いいや?」
「えっと、ね。さっき伊集院君がそう言ってた」
「伊集院…………」
 誰だっけか、そいつ。
 頭の中に灰色の霧が掛かる。

 ああ……。

 そっか、伊集院。

 公の瞳が徐々に焦点を結び始める。

「今日はヤツに送ってもらって……」
 そうそう、車に乗り込んで。
 しかしなんでベッドの上に。
 で、目の前には詩織がいる、と。

「あん?」
 詩織はにっこり微笑む。
 ほら、だんだん頭が冴えてきた。
 最近こんな場面があったような気がする。


 勢い良くドアが開けられた。
「公、今川焼きを買ってきたから食べない?」
 生まれてからずっと知っている顔が………おうっ、母上どの。

 公の母は一旦、立ち止まって腰に手を当てた。

「何か言うこと、ある?」
「……言い訳、アリ?」
「駄目」

 母はにっこり笑った。




3 誰だっけ。


 藤崎家の母は主人家の母とは対照的にフランクである。

 かなり。


「また怒られたの?」
「う〜ん、しばらく出入り禁止になっちゃった」

 とは言っても、詩織はまったく気にしていない様子。
 みっちり叱られたのは公の方だし。


 早めの夕飯、食後のティータイムだ。

 父はこの手の問題には介入しない主義なので、雑誌のクロスワードなどを解いている。
 先程から考えているがいっこうに進んでいないようだ。
 縦の7で止まっている。
 ちなみに母はその解答が分かっているが教えない。
 ……娘も右に同じ。

 母は紅茶を入れ、詩織と父の前に置いた。

「羨ましいわ。喧嘩しながら仲良くなっていくのよねえ。いいわね、若いって」
「喧嘩、しないもの」
 詩織はそう応えるとチョコで味付けをしたブラウニークッキーに手を伸ばした。ツウィンクルで買ったお気に入り。
 ……っと。

 手が空をつかむ。

 木で出来た器には何も入っていなかった。

 指先が器をなぞる。

 いや、ありません。


「お母さん、クッキーは??」
「知らないわよ、あなた食べたんじゃないの?」
「知らない」
「あ、俺だ」
 ひらひらと手を振るのは、父であった。

 思いっきり不満を表明する詩織。

「お気に入りなのに、高いのに」
「うっ」
 こうなると父親は弱い。

 どうしたってお金をあげるから買っておいで、としか言えないではないか。







 レイと詩織がツウィンクルでバッタリ。
 偶然。


「あっ……げいに…さ……」
「え? あ」

 下ろした髪を指で絡め、動揺するレイ。もちろん、今日はダルマさんにはなっていない。

 ふ、藤崎さんがなんでこんなトコロに……。

 それは同じ町だからである。
 前にも会っているし。

「…………」

 詩織はこの娘が前に合った子と同一人物だということに一目で気が付いた。
 眼鏡もしてないし、前の様相からよく分かるものだな………とまあ、それはおいといて。

 詩織からは別段それ以上声を掛けることなかった。
 じっと、見つめたまま。レイを観察している。
 困る。
 とても困る。

 なんで私を見るの?

 ううっ、外井の目を盗んで買い物なんかに来るんじゃなかったよぅ……。
 さて、レイのカゴの中身はなんでしょうか?


「ね、ちょっと話をしませんか?」

 帰り道。
 夜の公園通りで詩織に声を掛けられたレイは必要以上に驚いた。
 心臓が飛び出そうになった。
「は、はひっ!」
 さっき、店の中で別れたはずなのにっ!
 いつのまにっ!!

 詩織の表情からは何も読みとれない。
 ただ、にこにこしている。

 い、いい、一体何の用かしら。

 ……ビニールのレジ袋がカサカサ揺れた。





 アイスレモンティーが2つ。
 テーブルの上に乗せられた。
 現在8時半。
 周りの席では名物のカレーライスを頼んでいる人間が多い。
 食欲をそそられるのである。

 でも、詩織はレイの顔を見つめている。

「あ、あのぅ。何か……?」

「ねえ、名前は?」
「あ、レイです」

 わ、正直に言ってしまった。
 伊集院レイは素直で、すこぅし機転が働かない癖があるというか。
 妹とは、ここが違うところでありますね。

「レイちゃんね?」
 詩織は頷いた。

「私は藤崎詩織って言うの。よろしくね」


 喫茶店の周りの席からは視線を感じる。
 詩織は言うまでもなく美人であるが、伊集院レイもとてもとても美人さんなのである。
 故に男共がちら、ちら、ちら、と見ているわけだ。
 声を掛けてみようかなあ、とそわそわしているのもいる。

 私何を話せばよいの……藤崎さん?
 実は詩織はな〜んにも考えていないのだが、レイに分かるはずもない。

「ねえ、あなた芸人さん?」
「えっ、違います、よ」
「違うんだ」

 残念そうだ。

 レイはちんぷんかんぷん。
 多分、それだけを確かめたかったのかもしれない。
 そうだろう。
 それからず〜っと、とりとめのない話。
 テレビの話とか、服の話とか。
 それでいて、いちいちお互いに会話が噛み合っていない。
 この組み合わせはスゴイ。

 レイは時計を見た。

「……あのぅ、そろそろ私……」
 逃げたい。

「……あっ」
 詩織は息を継いだ。
「プールに、いた?」
「………」

「いた?」

 どうしてこう鋭いのか。
 確かこの娘は公にチョコレートを。ん、ということは……。

「きらめきの生徒さん?」
「え、え、え、……えーと」
「あ、ひょっとして他校生なの?」
「……は、はひっ」
「度胸あるのね、制服はお友達に借りたのかしらー」

 何故だろう、嫌な汗をかく。
 ばれた……。
 頭の中がまっ白になる。
 レイはつい、突発的に言ってしまった。

「……主人さんのことが好きなんです。ご、ごめんなさい」

 勝手に、口が動いたと言うべきか……。

 詩織はぽかんとしてレイを見た。



4 誰が不幸かといえば。

 眠いよう……。

 美樹原愛は眠い目をこすりながら受話器を取った。
 まだ夜の十一時である。高校生ならばまだ起きている時間帯だろう。どうも、早く寝るのが習慣になっている娘らしい。


『メグ……私、ライバルが出来ちゃった』
 詩織の切り出しは突然だった。

「うん…………えっ、ライバルってなあに」
 思わず愛は聞き返す。

『レイちゃん』
「レイちゃん……?」

『そう』
「詩織ちゃん。それ、だあれ?」
『分かんないけどライバルなの』
 あの……、分からないのは私の方なんだけど……。

『……でね、私の方が付き合い長いし……。ね?』
「………え〜っと」
『だってずっと見てきたの私だし、あの娘じゃないし』

 今ひとつ……というか何がなんだかさっぱり理解できない。

 それは今に始まったことではないのだが。

「えっと、落ち着いて話して……詩織ちゃん、泣いているの?」
『ん? 泣いていないよ』
 ケロッとした明るい声が受話器の向こうから聞こえてくる。
 とりあえず愛は主語に述語に修飾語を付けて会話をして欲しいと思う。

 いや、いつものこと、いつものこと。



 さて、と。
 一方的に言いたいことを愛に吐き出してスッキリした詩織は、窓を開けた。
 夜空にはお星様。

 明日は晴れると見た!



 主人家では公が怒られている。

「公……信じていたのに。あなたね、お隣の大切なお嬢さんを傷物にしてタダで済むと思っているの?」
「き、傷物になんかしていないぞ!!!」
「嘘おっしゃい、母さんは悲しいわ……」
 よよよと泣き崩れる……………真似をする母。

「あのなあ……、なんか勘違いしていないか?」
 公は弁解するが母は聞いてくれるはずもない。

「だいたいあんたみたいなジャリが詩織ちゃんを押し倒そうなんて百年早いのよ」
「そ、そこまで言うか」
「言うわよ」

 くくぅ、反論できないだけに倍悔しい……。

「とにかく! ケダモノと詩織ちゃんは一緒に出来ないわ。ど〜せ、あんたが家に引っ張り込んだんでしょ」
「全部俺のせいか?」
「往生際が悪いわね」
 主人家、母vs公はまだまだ続く……。



 ついでに。

 美樹原愛は謎掛けのような詩織の言葉に悶々と眠れぬ夜を過ごすのであった。
 唐突だが。


 今一番悩んでいるのは彼女なので。


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