第五話ファースト・デート後編
詩織ちゃん! 第五話「ファースト・デート 後編」


1 友達とクラスメイトと。


 仲良く手を繋いで歩いている公と詩織。

 なかなか上手くやっている。



「でもま、手を繋いでいるだけだし、心配していた程でもないか」

 暖かそうなブルーのジャケットを羽織った望は振り返った。
 あたしらくないな、こんなこと。
 コーヒーカップの前で二人の姿を眺めていた彼女はちょっとだけ自己嫌悪。



『今度の日曜日に詩織と一緒に遊園地に行くんだ』
 嬉しそうに望に話す公の顔が浮かんでくる。
 何の因果か、親友の片桐彩子に誘われたのは次の日の放課後であった。
『ハーイ、望、明日ひま?』

『明日?』

『父に遊園地の入場チケットをもらったのよ。たまには水泳を忘れないと体に良くないわね』

『……ヒマ、だけど』

 当の彩子はただいまレストルームです。

 公を邪魔をしてはいけないと思いつつも、OKしてしまった。
 正直に言うと、結構気になっているからなのだが、若い子の考えることは複雑だ。
 野次馬根性と大さじ一杯分のやきもち。

 ところが、望は自分の心理をよく分かっていないのである。





「あら……、珍しいところで会うのね」

 微妙に、独特なそのイントネーションわ。

 ベージュホワイトのコートを身に纏い、黒革の手袋を付けたシックな女性がそこに立っていた。肩口よりも伸ばした深く、青い髪の毛は左目を隠し、独特の表情を創りだしている。
「紐緒?」
 なんでコイツが遊園地にいるんだ?
 ここは電気街じゃないぞ。

 結奈はそんな望の心を見抜いたかのように、顎に手を当てた。


「何か言いたそうね」
「まあいろいろと」
「いいわ、今日は新しいジェットコースターを見に来たのよ」
「じぇっとこーすたー?」

 結奈が上空を見る。
 つられて望も見る。

 …………。

 ものすごい風と共に、悲鳴が通り過ぎた。
 一陣の風が望の短髪を撫でて過ぎ去ってゆく。

「……アレをどうするのさ」
 ちょっと、あっけにとられる望。
「秘密よ」
 しかし、結奈の顔に浮かんだ楽しそうな表情を望は見逃さなかった。
 ……聞かないでおこう。

 その方があたしにとって平和だ。

「あなたは?」
「ああ。友達と待ち合わせているんだ」
 嘘じゃ、ないよな。

 その答えには結奈も何とも思わなかったようだ。
 代わりに興味もないようだが。



 彼女……紐緒結奈は別れ際に、ちらりと別の方向にいる人物を見やる。
 望が、ちらちらとそちらの方向を気にしているのが分かったからである。
 もちろん、彼女が視界に捕らえたのは公&詩織ペア。
 結奈は、公のことはよ〜く知っている。

 結奈は一瞬だけ考え込み、そして考えを修正する。
 得心がいった。
「……大変ね」
「えっ?」
「偶然……そんな非科学的な言葉、私は信用しないわ」
 結奈は鼻で笑った。
 望は大いにギクリとした。
 恐るべし、一を見て百を理解してしまう紐緒の洞察力……。

「……私はもう行くわ」


 結奈の姿が小さくなった頃、ようやく混んでいたトイレから彩子が帰ってきた。
 放心している望の顔をおや、と覗き込む。
「What? 望、どうしたの」

 ……ちょっと、びびったかな。




2 観覧車=公と詩織とは?


「あ、詩織。何処へ行くの」
「う〜、んとね。次は観覧車」

 そろそろ夕方も終わるのに、遊園地の中はライトアップのおかげで妙に明るい。
 夕闇の中に浮かぶその景色はとてもエキゾチック。

「観覧車……?」
「うん」

 詩織は頷く。
 そういえば、小さなときも一緒に乗った記憶がある。
 あの時は確か親も一緒だったけどさ。

 ポツッ。

 ……あれ?

「雨か?」

 公は手の平を上に向けた。

 ポツッ。

 また水の粒が弾けた。
 おまけに降り出すのが早い。
 雲行きが怪しいとは思っていたのだが、本当に降り出した。


「詩織、急ぐよ」
「あう、公」
 左手を強く公に引かれ、詩織は一緒に走り出す形となった。



 ……観覧車の下で展開される夕闇に浮かぶ景色はとても綺麗。
 雨がちょっと余計だけども。
 詩織は公のコートに頬を寄せた。
「あったかい〜」
 ご機嫌だ。
 なんか最近思うのだが、この幼なじみの娘、俺と二人きりのときは子供返りしているような気もする。

「詩織?」
「なあに、こうちゃん?」
 …。
 ……。
 ……でも、それはそれで嬉しい。



 しかしだね。

 この前が、お化け屋敷にコーヒーカップ。

 これはつまり………。

「……昔と同じルート………………………?」
「あ、気が付いたんだ?」
 詩織は意外そうな顔を見せた。

 いくら俺が鈍くても分かるよ!
 忘れたくても忘れられるか。
 この順番は……。

「公が迷子になったときと同じね」
 クスクスと笑う詩織。
 ……エスパーか、お前は。



 ちょっと話題に困ったので、歯が浮くような台詞にチャレンジする公。
「……詩織、今日の服、すごく似合ってるよ」

 詩織は微笑んだ。
「これ、買ったばかりなの」
 柔らかそうな純白なセーターは詩織の姿態によく合っている。
 彼女は飾り気のない服装が好きなようで……派手派手しい格好を見たことがない。
 それが詩織らしくてとても好きです。







 雨はいつの間にかやんでいた。

 ほんの数分間の通り雨?
 雲の流れも速い。
 空からは一斉に星空が顔を出し始める。

「……この後、花火があるんだよな?」

「うん。公、一緒に見よ」

「遅くなるとおばさんに心配かけることになるぞ」
「あ、大丈夫。『公くんと一緒なら朝帰ってきてもいいわよ』って言っていたもん」

 げっ!

 もちろん、母のおちゃめな洒落です。
 あの親の性格を考えると、半分、本気かもしれないケド。
 いやいや、かなり本気かもしれないけれども!!
 で、詩織は詩織で、恐らく意味を分かっていない。
 いや、確実に分かっていない。
 う〜む。

「……まあ、いいや……行ってみようか?」
「うんっ!」




3 見つけた。

「あ、さひな。ちょっと待った……」

「なによ〜、だらしがないわねえ」


 朝日奈夕子は吐きそうになっている好雄を見て冷ややかに言った。
 実は三回目のジェットコースターに乗せられて死にそうな好雄であった。
 はっきりいって今の状態は虫ケラだ。

「ううう……、俺はお前よりデリケートに出来ているんだい……」
「……デリケートねえ」

 しかし、いちいちつきあう好雄も好雄。
 嫌なら断ればいいのに。
 内心、夕子はとても嬉しかったりする。

「ねえ、ヨッシー。そろそろ花火の時間だから行かないとイカンよ?」
 空を見上げると、冬の透き通るような暗闇が、無数の星を目立たせているのが分かった。
 好雄の目が煌めいた。

「何、花火だと」

「そう、花火」
「それを早く言え、ああいうのは見やすい位置を早く取らないと駄目なんだ! よし、行くぞ」
「あいあいさー!」
 いきなりノリノリの好雄。
 小学生なので、花火は大好きです。
 夕子もそれに付き合う。


 きゅ、きゅ、きゅきゅきゅ!!


 ……急ブレーキ。
 公と詩織の姿が見えたので。

「おっ、ようやく発見」
「発見ね………………残念だけど」
 夕子の後半の言葉は小さくなる。

「ん? 何か言ったか?」
「ん〜ん、何も」

 ま、いいか。
 堪能したし。

「ヨッシー、あの二人何処へ行くのかな」
「花火だろ、どうせ」
「さすがヨッシーの友達ね、考えることが同じだわ」
「だあっ、その『ヨッシー』っていう呼び方をやめんか! 俺はファミ○ンの隠れキャラか!?」
 夕子の鼻先に指を突き立てる。

「そんなにたいそうなモノじゃないでしょ。…………じゃあ、好雄!」
「よ、よしおぉ!?」
「そうよ、アンタの名前は好雄でしょうが。それとも太郎?」
「いや? それは違うが……」

 何か、若干腑に落ちないようだが、一応筋は通っているような……。
 っていうか、なんで呼び捨てにされなくちゃならんのだ!

 このときから、好雄は夕子に呼び捨てにされるようになりました。







 好雄と夕子がいる場所からそう遠く離れていないベンチでは。

「ねえ望、あれ藤崎さんじゃない?」

 彩子の言葉に反応する望。

「そうかな? なんか違うんじゃないか」

「Really? う〜ん、それにしては似ているけど」

 じい〜っと、見つめる彩子。
 うーん。
 やっぱり。
 似ている。
「いや、そうよ。もうちょっと近寄ってみない?」

「駄目だって!」
「何で?」

「えっ? だって、いや。人間違いだったら迷惑じゃないか……」
 ごしょごしょと呟く望。

 彩子は頭がいい。
 望が何かを隠そうとしているのが直感的に分かった。
 彼が視界に入ってしまったから尚更のこと。
 彩子はにわかに目を大きくした。
「あれま。藤崎さん、彼と付き合っていたの? 驚きね」
 彼は私のおもちゃなのに……とぶつぶつ付け加える。

「……まあ………先週から」

「うーん、……………やっぱりもうちょっと近くに行ってみましょう」




4 紐緒さんの思惑


 夜空を真昼のごとく彩る、華やかな花火が打ち上げられる。

 ひゅるるるるる。

 どっか〜ん

 一尺玉を惜しみなく使う遊園地の企業努力は涙ぐましいものがある。

 もちろん、そんなことは気にかけず、観客は惚れ惚れと見入る。
 季節はずれの花火は、冬の済んだ空に素晴らしく映えた。
 音が張りつめた空気を伝わり、心地よい音色となって届く。

 たまには、こういうのもいいかな。
 などと公は思ってみたりする。

 赤や銀の火薬を使った花火も綺麗だが、爆竹のごとくぱちぱちと煌めく黄金色の爆発が一層注意を惹きつける。


「きれい……ね?」

 公は隣りに座る詩織の手の平を握る。
 詩織は、そっと握り返した。

 しばらくの間はそのまま……。

 特に何をするわけでもなく、ただただ花火に見入っていた。


「ねえ、公。帰るのもったいないね……うん、だってせっかく公と二人っきりなんだもん」
「帰らないと……駄目だけど」

 ……俺はこの目に弱い。

 多分、初めて会ったときから夢中なのだ。

 この瞳に。

 詩織は可愛いし、頭も良くて、俺なんかにはもったいない娘だけど。
 でも、俺は詩織じゃなくちゃ駄目なんだよな……。

「ね、朝まで一緒にいようか?」
 詩織は天使の微笑のごとく、にこぉっと笑って見せた。




 ずざざざざっ!


 突然、物陰から何人もの人が飛び出してきた。
 まさに、慌てて。

「こら、親友! 貴様なんちゅう羨ましい……いやいや、朝帰りなんてお兄さんは許しません!」
「そんな甲斐性があったとは意外〜!! ……どこかの誰かさんとは大違いだわ、ぶつぶつ……」
「主人、見損なったぞ。お前がそんな奴だったとは……!!」
「これはアンビリバボーね。でもそれは道徳上良くないわよ、主人君?」
 もちろん、順に好雄、夕子、望、彩子である。

 しかし、言ったのは詩織であって公ではないことを分かっていない。


 びっくりした二人。


 なにコレ。



 え〜と。



 うん。


「詩織」
「はい?」
「逃げるよっ」
「あっ」
 公は立ち上がると、詩織を勢い良く抱きかかえる。
 詩織は一瞬戸惑ったものの、すぐに公の首に手を回してぎゅっと抱きついた。

 彼女を抱えたまま、全力疾走で逃げだす公。
 好雄が後でなにやら言っているが相手にしない。



 ゴ〜ッ!

 その時何か突風のようなモノが通り過ぎた。
 公は脚を止める。
「あっ……。公ちゃん、空見て」

 みんながぽか〜んと空を見た。
 光の帯が夜空を舞う。
 地を這う流星のごとく、金、銀、赤、青、緑の光が曲線を描き虚空を彩る。
 夜の街……ネオンの海みたいだ。
 詩織はお姫様だっこから地面に降ろされて、地面を踏みしめた。

「なんだろ、あれ…………公、……綺麗だね?」
「……うん」

 光の残像は加速し、次々と見る者を魅了する。

「すげ〜」
「素晴らしいわねぇ、創作意欲をそそられるわー」
「綺麗……でもこんなアトラクションあったかな? ……でもなんか、すっごく速くない?? 脱輪しそうな感じ……」
 ちと夕子は疑問。


「…………」

 清川望だけはなんとなく分かってしまった。
 分かりたくもないけど。

「……、……あいつなに考えてるんだ」



 結奈は小型のトランクを持つと、身を翻した。
 謎の茶色いトランクである。どうせろくでもない物が詰まっているのに違いがない。
 実際には作業用の超小型ヘリコプターのようなものと、工具とPCがごちゃごちゃと詰まっている。

「とりあえず、ジェットコースターを遠隔操作する事は出来たわね。……この施設はセキュリティが甘いわ」
 遊園地のコントロールルームにセキュリティとか、この人滅茶苦茶である。
 コースターに取り付けた機器からのデータを収集し終えた結奈は、くすくすと笑った。
 只今、遊園地にいる社員と本部の人間は大騒ぎ。

 その頃、レイはやはり入浴中でした。



 結奈はその場を立ち去る前に、後の光景を目の端に捕らえる

「ふうん? 趣向を凝らしすぎたかしら? まあ、いいわ」
 案外、洒落たことをする紐緒結奈は、(少しだけ)楽しそうな笑みを浮かべた。

 何故こんな余計なことをしたのか?

 いや、気まぐれです。



 小型のレーザービームを幾筋も照射しながら、ジェットコースター・エキサイトは夜空を駆ける。まるで空飛ぶ鉄道のように……。

「公……こう、また一緒に来ようねえ……」

 夢の中の光景でも見ているかのように詩織はうっとり。

「ん、また今度な」

「こら、公、ラブラブ禁止だ!」

「少しくらい……」

「いかん、断じていかん!」

 望が好雄と公を窘めた。

「うるさいなあ、綺麗なんだからもうちょっと静かに見れないのか?」

 公と好雄の頭をぽかっとこづいた。
 横を見れば、
 彩子と夕子がぼおっと花火とエキサイトが織りなす光のコンビネーションに見とれている。
 ………。

 またひとつ、花火が打ち上げられた。
 今度も一尺玉だ。


 それは、とても大きな花火で、……たくさんの炎をきれいに撒いた……。



 途中経過はともかく、みんなが満足した締めくくりになりそうだ。
 良かった……のかな?




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