第四話ファースト・デート前編
詩織ちゃん! 第四話「ファースト・デート 前編」
1 朝もはよから。
眠い。
とりあえず。
それだけは……。
わかる。
寝ているんですよー、だ。
こうちゃん。
目の前に「しおりちゃん」がいた。
し…お…り……?
公は、なんで泣いているの……?
泣いている?
泣いてる。
さあ……分からない。
悲しいの?
分かんない。ひょっとしたら嬉しいのかも。
……もう、さっかーしなくて良いから?
どうかなあ……。
……もう、泣かないで……。
起きて、こう……。
公、起きて!
「こらっ、起きなさいっ!!」
うわっ、さむっ!
いきなり布団を引き剥がされた。
見ると、仁王立ちしている詩織がベッドの横に立っていた。
今までの経験から、公がデートに寝坊すると踏んだ彼女は、あらかじめ起こしに来たわけである。
「朝…………か……。お前、なんでここにいるの」
そう言いながらも公は深いまどろみの中へ誘われている最中であった。
詩織の予感は的中した。
「もうっ、やっぱり寝ているし……………」
あれ?
詩織はキョトンとして、公の顔をじ〜っと見つめた。
何だろう。
「なんで泣いているの?」
「あ……本当だ」
初めて公は自分の頬を涙がつたっていることに気が付いた。
慌てて袖でゴシゴシ拭く。
ちょっと、恥ずかしかった。
あ……。
公は詩織に抱きしめられた。
突然である、あたまがましっろになった。
それはとても暖かい包容であったので……。
凹凸のある彼女の柔らかい躯に、興奮しました。
「怖い夢でも……?」
「…………あー、なんだっけ。忘れた」
真冬の早朝は空気が乾燥している上に、寒い。
でも……今はあったかくて気持ちいい……っていうか、詩織の胸が顔に当たって……。
ふにゅっと柔らかい…………。
はー。
「詩織、もういいから、ね?」
シャイな公は名残惜しそうにゆっくりと詩織を引き離し、ベッドから体を起こした。
駄目だ、このまま抱き合っていると押し倒したくなるかも……。
もう、いいの?
公の顎に手を添えると、詩織は涙の通った跡を舌でぺろっと舐め……た。
覗き込むような詩織の表情に、背筋がこれ以上ないくらいに、ぞくぞくした。
君、
わざとじゃないの?
か?
父は仕事。母も父の職場の同僚なので一緒にいない。
朝ご飯を食べている公の横顔をじ〜っと見ている詩織。
すごく、嬉しそうだ。
「遊園地、何時からだっけ」
「え〜と、ね。開園が十時から……もう、開いているわね。でも、出かけるの午後だから」
公は柱に掛かっている時計を見た。
今、十一時半。
公は首を動かし、窓の外を眺める。
ちょっとだけ空模様が怪しい。
空に広がる雲の下で薄暗い景色が広がっているのだ。
2 恐怖の……。
その頃、好雄と夕子は遊園地の中にいた。
好雄は公たちにばれないようにご丁寧にサングラスまで持ってきたのだが、肝心の公が見あたらないので意味がないような気もする。
見あたる前に入ってしまったのだから当たり前の話なのだが。
これは、夕子が悪い。
「おい、良かったのか。あいつら待たなくて」
「新しいアトラクションがあるんだー。ソッコーで行かないと並んじゃうよ!」
夕子は昨晩雑誌で予習しておいた新型ジェットコースターへと好雄を誘う。
どうやら、公と詩織をスパイするというのは本当に口実らしい。
でも、他ならぬ夕子なので断言は出来ません。
「あ、朝日奈! 俺はまだ行くとは……」
「さあ、レッツゴーよ!」
夕子は無理矢理好雄の手を引っ張り、ずるずると引きずった。
超・強引だ……。
腕を引かれつつ、好雄はずり落ちたサングラスを掛け直した。
伊集院家が開発をバックアップしたエキサイトという名のジェットコースター
絶対的に世界最速なのである!!!!
を、売りにしている完成したばかりの新型だ。
なんでも、試乗の段階で白目をむき、鼻血を垂らしたスタッフが何人もいるらしい……。
恐るべし、伊集院財閥!!
故に、噂を聞いた市民はよほどの絶叫マニアしか乗ろうとしていない……とか?
好雄はこういうのが死ぬほど苦手であった。
ガタン
「ううむ……、やっぱり俺は公を迎えに……」
青ざめた顔で好雄は体を捻った。
コースターはわずか数人の客を乗せ、ゆっくりと登っていく。
ガタン
「もう、動き出しちゃったのに?」
「いや、今ならまだ間に合う、俺をおろせぇ〜!」
おろせぇ〜! という声が曇った空にこだまする。
魂の叫びだ、うん。
バタバタと暴れるが、安全性を追求した世界最速ジェットコースターの安全レバーに効果はない。
ガタン
「ヨッシー、もう遅いわよ。だってもう最上部だもん」
「マジ?」
好雄の時間が止まった。
ガタッ
『ぎょえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!』
空一面に、絶叫が響き渡った。
冬だというのに人混みが凄い。
週刊誌の遊園地特集をぱらぱらとめくっている詩織によると、今週は新アトラクションと、イベントの打ち上げ花火があるために普段より客が多いのだという………自分で誘った癖に、何の予習もしてこなかった公である。
詩織によると抜けていようがなんだろうが、公は素敵なのだそうだ。
のぼせた娘には手は付けられません……ね?
「うしろの方に座っていた奴、すごい叫び声だったなあ」
「う〜ん、ジェットコースターが苦手な人もいるのよ。多分。よく分からないけど」
この二人は絶叫系は強いらしい。
顔色一つ変えずに楽しいんでいた。
「あの声、どこかで聞いたことがないか?」
まさか、自称親友の叫び声だとは公にも分からなかった。
「……誰かしら?」
「どこかで聞いたことがあるんだよなあ」
詩織はそっと公の手を握った。
「あ……し、詩織」
「なあに?」
「……いえ」
今日は寒いのに。
でも、詩織の手の平は温かいのです。
3 情けないヒト。
大丈夫かな。
朝日奈夕子は、気絶している好雄の顔を覗いた。
コーヒーカップの手前にある、丁度、人が座っていなかったベンチに夕子は座っていた。
好雄を膝枕しつつ。
もうね、男のクセにだらしがないんだから。
拗ねたような表情で、好雄の頬を軽くつねる。
夕子は少し笑った。
だらしのない顔をしている。
……はじめて会ってから、もうそろそろ一年が経つ。
よくよく考えると付き合っているっていうワケでもないのよね。
たまに買い物に行くくらいで……。
あ〜あ、あたしも、もうちょっと格好イイ男の子好きになれば良かったかな。
このアタシが、こんな男にゾッコンとは……。
世の中が良く分からないわねぇ。
「うう……」
「あ、起きた?」
好雄はうっすらと目を開けた。
「ここはどこだ……?」
「な〜に、寝ぼけてんのよ」
とはいってもまだ意識はもうろうとしているらしい。
しかし、なんか柔らかい感触が。
「ん?」
突然、好雄はガバッと跳ね起きた。
「お、お前。ずっとこうしていたのか?」
周囲には人がたくさんにる。
かなり、恥ずかしい。
「なによ。気絶していたヨッシーが悪いんでしょ。男なのに情けないわねえ」
「そ、そうか。すまん」
「貸しいち」
「貸し?」
「そ、今度106にでも付き合ってもらうわ」
理不尽な気もしたが恩義を楯に、しぶしぶだが承諾させられた。
女じゃなかったら友達にしとらんぞ、たぶん。
「ところで朝日奈」
好雄は心なしかふらふらしながら、またベンチに座る。
「?」
「まだ、気持ち悪いんだけど…………俺は寝る」
ぽすん。
っ!
好雄はもう一度夕子の膝の上に頭をのせた。
「あ、こらっ…………」
制止させる前にぐったりと眠り込んでしまった。
絶叫系はどうも本当に苦手らしい。
「……ま、いっか」
夕子は好雄の髪をクシャクシャと弄り、軽く呟いた。
まんざらでもなさそうである。
4 気持ち。
お昼……というよりは夕食タイムに近い。
公と詩織は白い椅子とテーブルが並ぶ、テラスのような場所で遅めのランチを取っていた。
これは運命の時間なのである。
公が数年ぶりに詩織の作った「ナニカ」を食べるのだ。
可哀想なことに、今のところ公の記憶からは抜け落ちている。
さんざんな目に遭ってきたというのに、そこの部分が、欠落、している。
「ハイ、公あ〜ん」
詩織は手を沿えて公の口元におかずを運ぶ。
学校の男子生徒が見ていたら公の身に危険が及ぶシーンかもしれない。
詩織ちゃん、人気者だから。
公は顔がゆるみっぱなしなのである。
「あ〜ん」
パクッと。
………………。
なにか、嫌な汗をかいているような。
そんな気がした。
「………………」
一瞬、烏龍茶に手を伸ばしかける。
その手を気合い…で止めた。
「どう、公?」
あ〜、なんというか……。
「美味しい?」
「うん」
最近の俺、嘘つきだ……。
一言で言うと辛い。
七味や胡椒の辛さではなく、…………めちゃ塩辛い。
なんとも……個性的な……。
公は優しいのでついつい良い方に考えてしまう。
が、思い出した。
そういえば、コイツ、小さい頃から料理は……。
殺人的に下手くそだった思い出が……。
ここんとこ、詩織の母は公の性格を見抜いていた。
不味いって言えばいいのに、言えない。
塩の固まりを食べたら、その時、人は当然、飲み物が欲しくなる。
しかし、ここで烏龍茶を喉に流し込むと、美味しくないことを裏付けしているみたいで……。
だから公は飲めなかった。
口の中に入っているものもなかなか飲み込めない。
どうしよう?
「良かった……美味しくないって言われたらどうしようかと思っていたの」
詩織のこの嬉しそうな顔を見ているととても不味いとは。
とてもとても……。
「うぐ……。いや、このペンギンの形をしたウインナーなんか……」
気合いで口の中身を喉の奥へと流し込み、取って付けたように批評をする。
「公、それタコさんなんだけど」
「あ、うん、そうそう。この海老のミートボールくずしとか」
「……海老チリ」
「え〜と、そうだ、このきくらげなんかは御飯のオカズにぴったりの味付けで」
「それはキャベツの炒め物なの……」
みるみるうちに詩織の言葉が小さくなっていく。
もうすっかり詩織は俯いてしまっている。
ロングヘアが掛かった耳を真っ赤に染めて。
恥ずかしいらしい。
「……公、本当は不味かったんでしょ……?」
下を向いて、髪に指先を絡めつつごにょごにょ言っている。
なんと言ったら良いものやら……。
「でもさあ、このお弁当、すごく美味しいから」
基本的に、公は詩織が落ち込むのが大嫌いである。
一生懸命フォローしようとした。
「…………」
「本当だってば、だって詩織の気持ちが詰まっているわけだろ?」
自分で言っていて赤面する台詞だなあ、とは思いつつ。
でも、昔は嫌だ嫌だと喚いていたのである。
詩織のナニカからは逃げまくっていた。
大人になるとは嘘つきになることかもしんないす。
「…………公」
詩織は公の首にしがみついた。
むぎゅぅっ、と。
「し、詩織、他の人もいるから……」
「いいの」
公、大好き。
そう耳元で呟くと、頬に、軽く口づけをした。
あへー。
もうすぐ空が暗くなる。
この次はどうする?
そんなことを話しながら、公は詩織と並んで歩いていた。
オレンジジュースを流し込みながら歩いているのだが。
実は、まだ、喉がひりひりしている。
「……ごめんね」
「え?」
俺、何にも言っていないぞ。
詩織は公の思考を読むかのように、小さな、小さな声で言った。
「あのね…………結婚するまでに上手くなるから、もうちょっと待って」
「けっ……こ!?」
ぼはっ。
公は思わずジュースを吹き出した。
汚い……。
吐く息が白い。
手を握ると、詩織の心臓の鼓動が聞こえてきそうである。
とくんとくん。
とくんとくん。
とくん…………って。
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