第三話レベル
詩織ちゃん! 第三話「レベル」



1 我が良き友よ。



 土曜日。


 冬の全国高校選手権が終わり、すでに一ヶ月が経つグラウンドではサッカー部が元気に練習を始めていた。

 もちろん、この温度の中、半袖短パンになるヤツはいなく、全員ジャージだ。
 部員達はお互いに声を出し合い、ミニゲームを展開している。
 次の目標は夏のインターハイ。
 予選決勝で敗れた前大会の雪辱を果たすため、かなり気合いが入っているようだ。

「原田! 右だ! 安永がフリーだぞ!」
 名物部長の三年生、鈴木浩二が声を張り上げ、大げさな身振りで指示を出す。
「了解〜」
 原田君は密かにきらめき高校の切り込み隊長と呼ばれている安永へとパスを送る。
 何故、切り込み隊長と呼ばれているかというと、角刈りが失敗して…………それって、「そり込み隊長」じゃん。と、いうような裏話があったかどうかは定かではないが、とりあえずそういうあだ名が付いている。

「みんな、頑張ってー!」
 マネージャーの虹野沙希は古いタオルを手に、ベンチでボールを磨きながら応援した。
 みなさん、異様に張り切って返事をする。

 マネージャーが可愛いから。



 ……グランドをかなり遠巻きに、芝生の上に座って練習風景を眺めている一人の男子生徒がいる。もっと近くで見ても良さそうなものなのに、わざわざ遠くに座っているのだ。
「うわぁ、青春だぁ……」


 公だ。
 この寒いのに学生服だけで、上に何も羽織っていない。
 季節感がないのだろうか?
 詩織ちゃんは風邪を引くからちゃんと着なさい、と母親のように怒る。

 いいじゃないか、この方が落ち着くんだからさ〜。
 と、反論すると口をきいてもらえなくなりそうで怖いので、それはすごく怖いので言わないけど。


「オッス」
 何時の間にやら、ジャージ姿の清川望がスポーツバッグを片手にとなりに立っていた。
 公は特に驚いた様子も見せずに、淡々とサッカー部を観察している。
「どうだい、我が校のサッカー部は」
 高校に入ってからますます凛々しい顔立ちはちょっと格好イイ。公がフランクに話せる間柄の女の子は望しかいない。

「……かなり、まずい」

「たとえば?」
「いろいろあるよ。でも……とにかく面白いほど視野が狭い。同じ方向にしかパスが飛ばないし、攻撃の拠点となるスペースが見つけ出せていないみたいだ……」
「要するに……」
「へたっぴ。中学の時のうちのチームの方が百倍強い」
 確かに、動きがあまりにもぎこちない。本当に地区予選決勝まで進出したチームなのかな……。
 正直なところ、チームというかこの学校の連中より主人の方が断然上手かった。
 主人と……、えーとなんとかっていう主人の中学時代の相方だけで制圧できそうな感じ。


 頭の上から公を見下ろす望、その瞳にはある種の興味が灯っていた。
「何とかしようとか思っているのか?」
 公はちょっと不思議そうに望を見て、頭を振った。
「本格的に始めたら腰が壊れちゃうよ。知っているでしょ、清川さんは」

「主人とは付き合い長いからな。……腰痛持ちっていうのはきついな」
 正確に言うと、望は中学からの「知り合い」なのである。
 学校は別々なのだが、部活の練習試合に行くたびになぜかバッタリ出くわすシーンがあった。なんとなく話しているうちに意気投合して、友達になったらしい。
「なんでかな。君だったら無茶なことやりそうな気がしたんだけど」



 公は、少しの間考えていたが……やがてぽつりと漏らした。

「…………走れなくなるの嫌だし」
「そっか」

 望はその話題について聞くのをやめた。







 大きく、北風が吹き荒れた。

 望は頭に手を当てて風で髪の毛が乱れないようにした。


「寒くないのか、その格好」
「詩織が……」
「…………はあ?」
「デート、OKしてくれたんだ」
「なんだ、ノロケか」
 白ける。

「まあ、いいや。お姉さんに聞かせてみなさい」

 それでも、望は微笑んで公を祝福する。
 バッグを下ろすと、となりに座った。

 え〜ヤツだな〜、と。





2 詩織ちゃん、お買い物。


 学校の帰り道、はたと詩織は足を止める。

 美樹原愛も一緒に立ち止まった。


「あ、メグ、ちょっと待って」
「どうしたの、詩織ちゃん?」
 公と同じく付き合いの長い愛は、詩織にとって親友であり一緒に帰ることも多い。
 社交的な詩織に対し、内気な愛は引っ込み思案で人見知り。
 男子生徒の友達といえば、詩織の幼なじみである公くらいしかいない。彼は中学が一緒だったから……しかし、女の子の方に友達が多いというわけでもないらしい。
 端から見ていると詩織に遊ばれているおもちゃのような……いやいや。
「ここへ寄ってもいい?」
「いいけど……詩織ちゃん、ここ高いよ?」
「いいの。明日は特別な日だから」



 かくして、詩織は今月二度目のツウィンクルへやって来た。
 もちろん、公と一緒に食べるお弁当を作るためだ。
「……詩織ちゃん、何を買うの?」
 精肉の売場で立ち止まり、ディスプレイケースの中にあるソーセージの大群を見比べる。
「え〜っと、ソーセージが大好きだったのは覚えているのよ」
「ふぇ?」
 小学生のときの話である。
「好み変わったかしら……きっと、変わっていないわ、うん、そう決めておこうかな」
「あの……詩織ちゃん、何の話をしているの……」
「味付けにセージとペッパー、辛いチョリソー……色々あるのね」
 愛はちょっとどきどきしながら、詩織の気を引こうと声をかける。
「詩織ちゃん……」

「そうだ、イタリアンパセリも買っていこう!」

 やっぱり、聞こえていないようだ。
 人が良い、……………極度のお人好しである愛は黙って隣で見ていることにした。



「そういえば」

 びくぅ。
 しばらくの間、静かに商品を物色していた詩織が突然出した声に、愛は意味もなく怯えた。

「この前、ここで芸人さんの女の子を見たの」
「え、……?」
「うん、それだけなんだけど、その娘どこかで見たことがあるのよ。でも、私の周りに芸人志望の女の子いないし……メグ、知ってる?」
「?? 分からない……」
「そっか……じゃあ、誰なんだろう」
 つい最近も会ったような気がするんだけど……。
 気が……するんだけど。




 その、渦中の人は入浴中であった。
 泡風呂に浸かりつつ、ストローでシャボン玉を作っている。
 なんとも子供っぽい。
「明日は主人君と会えないなぁ………」

 そんなことを考えながら。




3 似たもの夫婦とはイカニ。


 早乙女好雄は明日の「公のデートを暖かく見守るぞ作戦」のために、早くも寝る準備をしていた。
「え〜と、新しいメモ帳は入れたし、双眼鏡とカメラ……あっ、冬だからカイロも」
 結構楽しそうな好雄。
 どうも、このようなイベントの前にすると、心はウキウキハレバレしてしまう。
 まるで小学生みたいだ。


「よし、風邪も気合いで治したし、あとは寝るだけだな!」

 好雄はヤシの木柄の季節はずれなパジャマを着込み、ベッドに横になった。
 電気を消す。
 ………………。
 ………………。
 ふわ…………。

 …………。
 ……zzz。

「お兄ちゃん!」
 ……寝かかったところを、妹の優美に起こされた。

 灯りをつけると、妙に不機嫌な顔になる。
 ムカー。

「こんな時間に何の用だ、……ガキはもう寝ろ」
 頬を蛙のように膨らまし、不満を顕わにする妹。
「ぶうっ、優美、もう子供じゃないもん!」
「中学生は子供だっちゅ〜の!」
 ナンダトーッ? うっさいばーかばーか。
 間髪おかず、優美が激昂。
「ったく……大体、何しに来たんだお前は」
「ふ〜んだ、せっかく朝日奈さんから電話を」
「なに、それを早く言え!」









 朝日奈夕子は明日の「主人君と藤崎さんのデートをスパイしちゃおう大作戦」のために、準備に余念がなかった。

「え〜と、新発売のシステム手帳は入れたし、使い捨てカメラと……、一応帽子も持っていこうカナ?」
 電話で好雄と待ち合わせ場所は決めたし、明日着ていく服も準備オッケー。
「うん、財布を忘れなければ完璧。あとは寝るだけね!」
 週刊誌の遊園地特集ページを勢いよく閉じると、夕子はベッドに腰を下ろした。



 ……そういえば、あの鈍感男分かっているのかな。
 すぐに照れるからこうでもしないとデートも出来ないのよね〜。
 …………分からないか。

 ちょっとだけ、寂しそうに夕子は勢い良くベッドに横になった。

 スプリングがしなり、体が弾む。


 天井を見上げると、いろんな考えが浮かんでくる……。

「ま、それはそれとして主人君に藤崎さんか」

 考えてみると結構合っている凸凹カップルに夕子は失笑した。
 笑っちゃう。

 あの二人、幼なじみだっけ。

 いいな、そういうの……。



4 お料理大作戦、の巻。


 早乙女好雄と朝日奈夕子の二人が早くも就寝したころ、公のお姫さまはお弁当の下ごしらえ。

 只今、キッチンは格闘技場と化しています。
 そのお弁当に入るおかずには、かなりの問題があった。
 それは詩織が料理オンチであることに起因するのである。
 任せられるのはせいぜい揚げ物をあげることや野菜を切ることぐらい、とにかく味付けがもう……。

「ん♪ ね、どうかな」
 母に味見を促す詩織。
「詩織、いい考えがあるわ。コンビニでお弁当買って、移し替えるの。公君、ニブイからわからないわよ」
 この娘にしてこの親だ。

 公は今頃くしゃみをしているに違いない。

「それ何かの冗談? 食べてみて」
 白い皿に盛った、野菜炒めをハイと突き出す詩織。
「結構、本気なんだけど……」 
 かなり遠慮気味。
 でも、一口だけ食べてみる。

 母はこの料理を食べるには最大限の忍耐力が必要であることに気が付いた。

 烏龍茶を喉に流し込み、密かに想う。
 そもそも、こんな料理を食べさせたら、喧嘩になるんじゃないかしら…………。
 ま、公君だから、怒らないかな。

 あの子、小さな頃から詩織にだけは甘いから。



「ところで、詩織。公君とはどこに行くの?」
 椅子の背もたれに腕を置き、その上に顎を乗せると母は海老のむき身に下味を付けている詩織に聞いた。
 途端に顔を赤くする詩織。
 下を向いてもじもじ。
 小さな声で、ぽそぽそ何か言ってる。

 あら? 「入っちゃった」かしら。

「公と……え〜、と。……あっち……っていうか…あの、遊園地に……」
「友達は誘わないの?」
「…………ふ、ふたりだけ……」
 ぐりぐりと海老を包丁でこねくり回し、もはやなんの料理に使うのか分からないくらいのミンチに。

「あなた、公君のこととなると途端に愛ちゃんみたいになるわねえ」

 普段はしっかりした娘なのだ。
 家事は手伝うし、成績優秀、スポーツ万能、先生からの信頼も暑い。
 ご近所さまにも「詩織ちゃんはしっかりした娘だから、今から楽しみね〜」と言われるくらいの花マル優良娘なのだ。
 でも、よくよく考えてみたら……、私の同級生だったら絶対に友達にしないタイプね。
 ムカツクわ。
 なんでこんな両極端な娘に育ったんだろ。


「……じゃなくてっ、私は料理を作っているの!」

 復活した。
 我が娘ながら、なかなか楽しく育ったものである。







 同時刻、主人家。

「へっくしょおい!」

 ひとつ、おおきなくしゃみをした公は鼻をさすった。

「っかしいな……好雄の風邪がうつったかな……? あ、でもアイツ一日で治っていたな。非常識な……」

 様々な思いをのせて、夜は更けていく……。
 明日はいよいよデートの日!


 良い日になるといいね。




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