詩織ちゃん! 第十二話「キラキラト」





 んしょ、んしょ……。


 温かい御飯つぶたちはだんだんと合体していくのです。

 まだまだ不格好だけれども、一生懸命作ってみたのです。

 どうかな。



「どうぞ」
 詩織は母に白いお皿を差し出した。

「どうぞ」
 母は皿の上に乗ったおにぎりを渡した。
 ついでに海苔を捲いてあげる。
 夫は微妙に緊張しつつ、こう言った。
「お前は食べないのか?」

「あなたっ、可愛い娘の手料理が食べられないのね?」

 性格は違えども、やっていることは主人家の母と変わらない。
 なんて悲しいことを、と。泣き崩れる……フリ。

 愛娘……詩織は、にこにこ見ていた。

 朝からこれは……、きついな。
 出勤前、ネクタイ姿の父は可愛い娘の期待に応えなくてはならない。
 つまり。

 食べてみて?



 前食べたときは、塩辛かった。

 その前は何故か砂糖を使っていた。


 なにせ、小麦粉とコーンスターチを間違える娘である。
 今回は……イコール…………さて?





 土曜日の朝。
 まだ、夏休みに入って間もない頃の話。

 蝉は五月蠅く鳴いている。
 ツクツクホーシ……とは違う。


 ミーン
 ミーン







1 勘違い

 落ち着いた雰囲気の店内にはSTAND BY MEが流れ、美味しいコーヒー目当ての常連さんたちがのんびり座っていた。
 猛暑の中、真っ昼間の喫茶店の中は閑散と。


 真っ白なTシャツを着たレイはアイスティーをころころとかき混ぜた。
 最近、藤崎さんに呼び出され……もとい、お茶することが多い。

「それでね、お母さんたら非道いの」

「はあ」
「一口くらい、食べてくれても良いのに」

 長く付き合ってみて分ったこと。
 藤崎さんて、ちょっと独特のペースがあって……なんか、「半分だけ」テンポが。
 …………。
 ずれてます。

 主人君は、このペースに平気っぽい。
 慣れているからかしら……?
 レイは聞く。
「えっと、前から聞きたいことがあるんですけど」

「どうぞ?」

「何で、私と遊んでくれるのでしょうか?」
 藤崎さんは、知っているはずなのです。
 私が…主人君を……。

 詩織は言われてみてから、初めて考え始めた。

 え〜と?

 なんでだろ。
 言われてみれば、ちんぷんかんぷんだ。

 …………。

「えっと」
「はい」

「私、レイちゃんの事、好きだもん」

「え」

「好・き」

「す、好き?」
 それは、一体どういう風に受け止めれば。
 あの、あの。
 好き……?

 そんな……こと、言われても……。
 指先を弄り始めたレイ。テーブルをこつこつ叩く。
 まんざらでもなさそうに見えるは気のせいだろうか?
 その意味はライクであってラブでは無いのだが、この段階で誤解がとかれることは無かった。

 詩織は外など眺めながら、アイスコーヒーなどを飲んでいる。

 外は暑そう。



「レイちゃん行こ? 私、買いたい物があるの」
「え、きゃっ」
 手を捕まれ、心臓が驚いた。
「行くって、どこに……?」

「ツウィンクルでお買い物」

「あ、久しぶりですね」

 二人が初めてであった場所……、レイは微笑んだ。




2 あしなが……お兄さん?


 夜。



 夜です。

 夜の白色灯には、何故虫達が集まるのだろうか。
 見上げていると、頭に浮かんできてしまう公。
 外は暗いが……風があるので汗が蒸発して気持ちが良い。

 手の平に触る芝生がちくちくする。風邪、引かないようにしないと、ね。



 公と望は、芝生に手を付いて、放心していた。

 見ると。
 公園の向こうから、西要の姿が浮かび上がってきた。
 おー、早かった。
 ね。
 公は流れ落ちる汗をタオルで拭った。

「公、公。ジュース買ってきたぞっ!」

 全速力で走ってきたらしい。
 はあはあ、息を切らしてます。

「おい、こっちもだってば」
 望が軽く手を挙げた。
 要は「ほら」と、スポーツドリンクを投げた。
「なんだ……そのてきとーな……」
 望は何か言いかけたが、やっぱやめた。
 休憩時間なのである。



 公は、転がっていたボールを拾った。
 手でこねこねしていたが、しばらく経つと立ち上がる。
 壁から二メートルくらいしか離れていない場所で、ボールを蹴り始める。テニスでいう壁打ちというやつだ。
 小気味よい音が規則的にきらめき中央公園の広場にこだまし始めた。
 ばいーん、ばいーん
 住宅地の小さな公園だとお巡りさんを呼ばれてしまいそうな音が響く。


 要と望はボケッと座ったまま、ただ見ていた。

「公が凄いのは、あの下半身なんだよなぁ……」
「どゆこと?」
 不思議そうに望が聞いた。

「ボールタッチが驚くほど柔らかいってこと。あいつ、下半分はタコみたい」
「それって、褒め言葉か?」
「そうだよ、ポルトガルの選手にだな……あれ、なんか「変なこと」想像したか、清川?」
 望は「思いっきり」殴った。
「お前って、本っっっっ当に、デリカシーないよなっ!」

 要は痛みにプルプルと震えた。
 イタイ、すげえ痛い。

「男女……」
「何か、言ったか?」

「いいえ、何でも!」

 公は何でこんなヤツと友達なんだろう。
 それは昔からお互いに、思っている。

 まったく同じ場所へ繰り返し当てていた公が珍しく、ボールをファンブルした。


「失敗……」

 てんてんてん……。
 転がったボールは、立っていた人間の足下に当って止まった。

「あ、すんません……、あ……」

 言葉を止めたのには理由がある。
 だって、すげえ格好イイ人なんだ……俺より一回り以上年上っぽい。
 どっかで見たような長髪で……それも絹のように綺麗な髪。大人の人だ。
 男はボールを持ち上げると、目の前でしげしげと眺めた。


「サッカーかあ。……俺も参加していいかな」


「?」









「あらぁ!?」

 砂埃を上げて、要は派手に転んだ。

 また、取れなかった。


 男の参加で何気なく始めたミニゲーム。
 一人で良いっていうから、最初は余裕かと思ったんだけど、本当に余裕っぽい。
 公と望は地面にへたり込んだ。

 汗だくだく。

 肩で息をしている。

「こ、公……。なんなんだ、あの親父は……ほら、軽快にリフティングなんかやってるぞ。全然疲れてないじゃん……」
「そんなこと……俺に言われても……」
「あのおじさん、無限の体力だね……はあ、疲れた……」
 まがりなりにも高校生で自称屈指の実力を持つ要をちんちんにし、無尽蔵の体力を誇る望をへたりこませているのである。
 公は言うに及ばず。
 三人ともガソリン切れらしい。

「いやあ、君たち上手いなあ。まさか、三回もボール取られるとは思わなかった」
 公のすぐ横まで来た男は、ぽりぽり頭を掻きながら言う。

「……おじさん……誰?」
 望がゆっくり息を吐きながら、聞いた。
「俺? そうだな。あしながお兄さん」

「……」


 気まずい空気が流れる。


 男は、何か失敗したことに気が付いたらしく、笑って誤魔化した。
「……あはは! じゃ、そういうことで、また来るよ。サッカーしような、少年達」

 あ、逃げた。
 恥ずかしくなったらしい。


「……結局、誰だったんだ」


「さあ…………………、………、また来るって言ってたぞ……………」









 汗をだくだくに垂らした夫を見て、リーセアは腕を組んだ。

「何処に行っていらしたの?」

「いや、ただの散歩」

「散歩、ですか?」
「……の、つもりだったんだけど。面白そうなの見つけちゃってね……明日も行こうっと」
「は?」
「うわははー。いや、楽しかった!」


 リーセアは反応に困った。


 これが伊集院家の現当主。



 当然、少年達に言っても信じてもらえないだろうけど。







3 お勉強タイム


 公は麻でできた白いバッグを持つと、玄関のドアを開けた。

「あれ?」
 詩織が立っていた。

「は、早いね」

「もちろん」

 つばの広い帽子など被りつつ。
 ”詩織っぽい”白地のワンピース。
 夏が最高に似合う美少女だなあ……清川さんも似合うけど、詩織は別格。
 そりゃもちろん、秋が来ても冬が来ても、同じ事を思うのである。

 単なる色ボケと取れなくもない。


「…じゃ、図書館行こ?」
 公は詩織を促し、歩き出そうとする。


 ぐいっ

 Tシャツを引っ張られた。


「詩織?」

 ごしょごしょ何か言っている。
 小声でよく分からないのだけど……。
 詩織のすぐそばに顔を寄せる。

「……公の部屋が」
「は」

「いい、なー」

 ぐいーとTシャツを掴む手が、両手になった。

 私、動かしませんよ、という決意の現れらしい。


 結局、詩織の言うとおりになる。


 拒否したこと?

 ありません。






 そうっと、氷をたっぷり入れたアイスコーヒーをお盆に乗せ、廊下を歩く。
 親に……見つからないように。

 階段へと。

「公」

 算段虚しく見つかった。

 いけない、いけない、作戦の最中なのである。
 明るく笑ってみる。

「やあ、母さん何か」
「手ぇ、出したらどうなるか分かっているんでしょうね」
 涼しい微笑みを浮かべているが、公の背中には汗がだらだらと流れている。
「う、うん」

「本当に? ……なら、行って良し」

 く、くそぅ、その目は全く信用していないな。

 なんか悔しい。

 そんなことあるわけないだろ! と、反論できないところが尚更に。
 だってさ……。



 ごろごろ

 ほら、これ。
 さっきまで向かいに座っていたのが、いつの間にか隣に。
 詩織は公に思いっきり体を預けている。
 髪からは薄い果実系コロンの香り、そしてやーらかくふわふわなのです。
「……………」
 恐ろしい、抱きしめたくて仕方がない。

 それにしても。
 あの、まだ一時間も経っていないけど。
 斜めになった体制でぱん、と参考書を閉じる詩織。
「うん。公ちゃん、休憩しない?」

「えっ、もう……。駄目だよ、夏休みの宿題終わらせるって話だったじゃん。俺の頭だけじゃ無理なんですけど」

 山のように積まれた課題。

 残っているのは英語と数学だけだが、公はどっちも嫌いだ。
 学校一の才女を使わないテは無いだろう。
「去年は学校の直前に好雄と一緒に缶詰だったからなあ。今年は余裕ある夏にしたいんだけど」

「……公は私と宿題と、どっちが好き?」

「はっ?」

 何処で繋がるのだろう。

 子供のような論理を持ち出してくると詩織は強い。
 いつもなら全面降伏してしまう……。
 しかしっ、ここで粘らないと俺の宿題がっ!
「駄目っ、勉強するの」
「あぅ……」

 公の勢いに驚いて、黙ってしまった。

 珍しく勝ったか……?

 いや、勝っていなかった。
 二秒後。すぐに詩織さんに涙が浮かんできたから。

「し、詩織。ほら、なんだ。早く終わらせておけば一杯遊べるだろ?」
 今の公の心理状態からすると、勝手に口が動いていることは否めない。

 ぽろぽろ。

「公ちゃんが……怒鳴った……」

「あのね、詩織だって遊びたいだろ?」
「ひっく……」
「いや、ごめんね」
「す、少し、休もうって言っただけなのに……」
「あの、あの」
「公は、きっと私のことが嫌いなんだ……」
「ええっ!」
 困った困った困った!
 何を言えばいいのかまるで分からないけれど、泣いているし、あー、その、どうすれば?

「だって、終わらせちゃえば、毎日デートし放題だしさ。えー、とほら、……海にだって行ける」






「うみ」


 詩織が止まった。







 む、効いた。




「そう、海」






4 お客さんはぷにんぐ



 天気予報だと現地は雨らしい。
 おかげで詩織と一緒に海に出かけるのは延期になってしまった。
 お天道様がうらめしい。

 せっかく、詩織の水着姿が拝める機会だったのにぃ……。
 などと考えつつ、靴紐を結ぶわけだ。

「こっちの天気は万全なのになあ……」

 満天の星空を眺め、公は大きく伸びをした。

 ん〜、さて。

 じゃあ行くかい。
 早く行かないと要がうるさいのである。
「公ちゃん」

「ん?」





「……で、なんだって」
「スマン、ついて来ちゃった」

 公の右腕から決して離れない詩織が、セットで立っていた。

 なんだか嬉しそうだ。

「恋人同伴かあ……なんだか羨ましい」
 望は少し、不満そう。
 言裏に色々な感情が詰まっている言葉だ。

 それに引き替え、私のこの青春は……なんだ?
 と、思い悩む。
 この悩み、健全であるかもしれない。


「公。あのね、私、お弁当作ってきたんだけど……」

 大きなバスケットを持ち上げる詩織。
 げ。


「おお、やったね。藤崎エライ! いいお嫁さんになれるぞ」
 げげ。

「へえ、凄いね。さすが藤崎さん」
 げげげ。

「うん、おにぎりだけだけど……」

 しまった、考えていなかった。
 公は、詩織に目線で「それ、大丈夫?」と聞く。
 一方、詩織は「俺のこと好き?」って言われたのだと思った。
 コクコク、一生懸命に頷く。
 何か勘違いしてる。





 ちゃんと人間の食べ物の味がした。

 意外。

 っていうか、旨いかもしれんす。
 自宅で百回以上、練習しただけのことはある。
 人間、やれば出来るものだ。
 公は感心した。

 大量の失敗作は、母と父の食事となり、残りは冷蔵庫を占拠しており米何合使ったか想像するだけで恐ろしいのであるが、そんなことは公ちゃんはなーんにも知りません。
 知らないということは、それだけで美しいのです。


「やっぱ運動した後の御飯は格別だな〜」
 お茶を片手に要が感慨深げに頷いた。
 そのまま、もう一個掴もうとする。

 望に手を叩かれた。

「一人で取りすぎだ……主人はあんま食べないね?」
「いや……なんか、胸がいっぱいで」
 詩織との付き合いが長い公は、この後も考えに入れてある。

 後から……とか、ないだろうな……?





「そういえばさ、西」
「にゃに?」

「そろそろ全国大会だろ? 学校の練習は?」

「ひゃんと、でふぇる」

 とりあえず、飲み込んでからにしたらどうだろうか。
 詩織が持ってきたバスケット、大きかったからなあ、たくさん入っていた。
「清川さんは?」
「私はサボらないよ。どしたの、急に」
「えっと……、清川さんも、西も。学校の練習の後に俺に付き合っているだろ? ……その、なんだ、疲れるだろうし……」

 正直に言うと。
 サッカーやる相手が出来て浮かれていたから、最近まで気が付かなかった。
 二人とも全国レベルのハードな練習の毎日のハズ。
 俺の遊び相手なんかさせて、大丈夫なんだろうか。

「その……迷惑、じゃないのかと、思いまして」


 望は言う。

「ぜんぜん」


 要も言う。

「ふぇんふぇん」




 素っ気ない、答えに公はあっけにとられた。




「あ……そう。…そうか……ありがとう」
「はひがほうはんへ、ほんなははりはえのほろ……(ありがとうなんて、そんな当たり前のこと、俺と公の仲じゃないかぁ!)」

「お茶」


 望は缶を差し出すのである。








5 参ったね。

「主人、公」

 お茶を飲みつつ、のほほんとしている所に妙な珍客が現れたのである。

「?」

 詩織は、その顔を見て、公の背中に慌てて隠れた。
 へ、変な人だ。

「げっ…………、真琴。お前、何しに来たんだ」
 要が本気で嫌そうに顔をしかめる。

「誰?」
 望は一応こぎれいな顔をした真琴を堂々と指さして聞く。
 要は丁寧に解説した。
「藤崎に告白して、三秒でふられた敗者です。やーい、ばーかばーか」

「誰が敗者だっ!」
 あ、怒った。

「俺は間違った解説はしてない」
「そんなことはどーでもいいっ! やい、主人公。俺とサッカーで勝負しろ」
 びしっと指名。
「俺さ、スポ根はあまり……」
 三秒経たずに断りをいれる公である。

「流行らないからな。それにこいつ猪突猛進の今時珍しい奴だし……」
 最近サッカー始めたばかりの素人が勝てるわけないじゃん、と辛辣な意見を述べる要は、一応真琴の友達のハズなのだが……。
 真琴は顔を紅潮させて、もう一度叫んだ。
「い、いいからっ。やるのか、やらないのか!?」
「やるよ、もちろん」
 なにか拍子抜けするほど、あっさり公は了解した。

 だからさ、公とじゃ勝負になるわけないじゃん。
 と、要はもう一度言ったが、止めはしない。

 コレもある意味友達思いなのである。



 どっちの?














「いい天気だな〜」
 ぞぞぞっとお茶を啜る望。

 空は透き通って、天井がよく見える。

 星が異常に映えていた。

 あ、キレイ…………。

「そうだな。明日は晴れると良いけど……俺、買い物が」
 くそ、練習サボリたい。



「清川さん、西君」
 詩織はお弁当の残骸を片付けながら、言う。

「何?」

「あれ、何時、終わるのかしら。私、勉強の時間もあるんだけどなー」
 詩織が指さした先で、公と真琴が対戦中。


「さあ、あの様子だと、もうしばらく続くんじゃないかな」
「真琴が諦めたら終わりだろ。この前のおっさんと俺達みたいだな」
 そういえば、あの人来ないね。

 重蔵は明日来ようかな、と考えているが誰も知らない。



「主人、手加減してないね」
「しかし、サッカー歴一年も経たない真琴が公に挑むとは……無謀」
「そんなもんなの?」
「例えばさ、現役バリバリで運動神経抜群のNBAとかアメフトの選手がサッカー選手に転向するとするだろ?」
「うん」
「奴らの言う、科学的なトレーニングをある程度続けたとするわな、あの化け物みたいな人種が。しかし、……それでも短い期間やった程度じゃ日本の高校生のチームにも勝てない」
「へえ……ちょっと信じられないな」
「うむ、特に若い頃の経験を埋めるのは難しいってことだ。真琴は公に勝てない。ま、あと数年あれば別かもしれないけどな、あの馬鹿に才能があって公が進化しなければ……」
「でも……」
 詩織が声を上げた。
「?」
「公、……すっごく嬉しそう。誰かが真剣に向かってくれるの、久しぶりだと思うの」


 必死になって公に向かっていくこと数十回。
 一回だって、ボールを取れやしない。
 足がもつれて転ぶ。
「くっそ」
 顔面を打ちつけたものの、すぐに立ち上がった。
「大した根性……だわ」
 腰を痛めてへたれた俺とは違うな。

 上半身を上手く使い、真琴のしつこい寄せをかわす。
 いい気分。
 本当にいい気分で……何年振りだろう……、二年か?
 頭が冴えていて……時間が止まってる気がするな、こりゃ。


 真琴がばったりと倒れた。

 スタミナ切れ。
 操り人形の糸が切れるかのように。
 ぷっつりと。
「……、…………!」

 真琴が何か、喋っているが、喉からひゅーひゅーと息が漏れるだけで良く分からん。
 要はあいつスタミナ無いからなーとブツブツ言っている。
「何だ?」
「…………、……俺の、………負け?」
「あ〜、そうか……。まあ、そう思ったなら、負けだな。うん」
「………」

 後ろで何かわめいているようなのだが、ぜー、ぜーとしか聞こえない。

 公の額から、汗が落ちた。



 要が残ったジュースを公に渡す。

「いや、公、ありがと、な」
「?」
「手、抜かなかっただろ?」
「あ」

「サンキュ」
 あれも、一応は友達だから。
「いやあ、ははは! さすがは公、ちゃんと分かってると思って!」
「うー、あまり意味はなかったんだけど……なんとなく、ノリで……」


 楽しそうに公に語りかけている要を見て、詩織は言った。

「……清川さん、男の子って、いいねー」
「うん、……私も、思う」

 時々。

 本気でそう思うんだよね。




 一見、さわやかに見える一連の事件。

 公としては裏の意図が圧倒的に強かった。
 詩織に近付く害獣は片っ端から叩き潰すつもりなのである。
 だから実は要の友達がどうこうとか、そういうのは全く関係がないのだ。

 不自然にも即断したのはそういうこと。

 冗談じゃないぞ、まったく。




6 相性。



 公園の入り口を出ようとしたところで、思い出したように、公が呟いた。

「この前、四方木田に会ったぞ」

「よもぎだ?」
「ほら、淀三の四方木田」


 要は、たっぷり二十秒ほど考える。
 よどさん、よもぎだ?


「誰、それ?」


 完璧に要の記憶からは欠落されているようだ。
 公も本人に会うまではきれいさっぱりに忘れていたので何も言えないが。


「全中の決勝で会っただろ。ほら、俺が怪我をした試合で真ん中を守っていた奴」

 要はぽんっと手を叩いた。

「あいつか! 淀三のへっぽこディフェンダー! いや、面白いように得点できたから覚えているわ……確か、あたまに黄色いタオル巻いていたっけ」
「黄色いバンダナだ、バンダナ。全国大会でお前をボコボコに負かすって」
「へえ………うちと当るまでにコケなきゃ良いけど。…………生意気な」

 相手からするとあれだけボコボコにされたからこの恨みはらさなきゃ気が済まん! というところ。

 ハタ迷惑。








「…………西と清川さんは同じ方角だっけ」
「そうなの?」
 バスケットを持った詩織の手をしっかり握る。
「そう、いつも俺はここいらで別れてるから」


「え、やだよ。清川に襲われたら怖い」
 要はいやーんとくねくね身をよじる。
 とても気持ちが悪い。
「誰が……! ちぇ、どうもペースが狂うな。このままじゃ……見てろよ」
 ブツブツ言いながら、夜の街へと消えていく二人。
 相性が良いのか悪いのか。




「詩織、ほら、行こう?」
「うん……。海も、行こうね」
「ん、晴れたらすぐ行こう」
「新しい水着、メグと一緒に買いに行こうかな?」
「水着……」

 変な想像をしている公の頭の中は分からないけど。
 右手にバスケットを持って。

 左手は公の手のひら。

 てくてくと。



 歩いて帰るのです。




「公ちゃん、明日、晴れるかなあ?」
「詩織はどう思う?」
「晴れるの」
「じゃあ……」


 公は夜空を見上げて、楽しそうに笑った。

「そうなるよ、きっと」








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送